第13話 ライバルの存在

 ハヤテオウの初調教から1日経った。朝食を済ませるとハヤテオウを馬房から連れ出そうとしたが、体力が半分ぐらいしか回復してないと断られた。仕方がないので本格的なトレーニングを諦め、愛子とフラワースマイルを誘って、引き運動がてら散歩に出た。


 ほのかな草の匂いが漂う中で、二人と二頭で歩いて行く。途中でチロチロと流れる小川の水を飲ませた。あと4日後にはレースがあるのか・・・元の世界では毎週2日間、多い時は1日に5頭ぐらい騎乗していた。


 G1のビッグレースガある日でも、そのレースだけに乗るということはなく、何レースかに騎乗することで馬場の感触などを掴んでいた。落馬の経験はないが、ゲートの中で馬が暴れて鉄柵に肩をぶつけ、メインレースの重傷が乗り代わりになってしまったこともあった。


 ハヤテオウはこれまで乗ってきたどの馬よりも期待と人気を背負ってきたし、負けなしでダービーを制した・・・はずだった。冷静になって考えるほど、主戦を任されている何頭もの馬や依頼をしてくれている馬主、調教師の顔が浮かんで切なくなる。


 しかし、元の世界に戻る術があるかも分からないし、ツネったら痛い夢の世界なのかもしれない。とにかく、この世界で精一杯できることをやっていくしかないだろう。まずは目の前のビッグレースに勝ってスマイル牧場を救い、ハヤテオウと道を切り開くことだ。


 散歩から帰ると、愛子が居間にあるPCを開く。駿馬に「『ナンデモ電機ステークス』の登録馬が出たみたい」と語りかけた。


「14頭がエントリーしていて、一番の強敵は前回優勝馬のサンクスギフト・・・ん?」

「ど、どうしました?」


 愛子は驚いたのはブラックアローという7歳馬だった。オーナーはあの白金ファーム。さらに騎手の小幡和義は元RRCの実力者だったが、ある暴力沙汰を起こしてしまい、追放処分となっていた。社会復帰してからは全国の独立レースを転々としており、その界隈で名前を知らない者はいないという。


「小幡騎手が有力馬と共に参戦してくることは予想できたの。でも、よりによってブラックアローに騎乗するなんて」

「どういうことですか?」

「ブラックアローと小幡和義は2年前に金狼賞というRRCのG2競争で優勝したコンビなの。でも、それから間も無く小幡騎手がRRCを除名になって、ブラックアローはその年のG1ロイヤルクラウンで僅差の3着。もし、小幡騎手がならというの声は関係者もファンも聞かれたわ」

「そうなんですか・・・しかし、そんな馬が独立レースに」

「RRCを引退した馬が、最後の一稼ぎみたいな感じで独立レースに出ることはあるんだけど、まさかブラックアローほどの実績馬が出てくるなんて、よほどの理由がないと・・・まさか」

「フラワースマイルか」「フラワースマイル!」

「(はもってしまった)」


 しばらく駿馬は愛子と恥ずかしそうにお互いを見合ったが、我に帰ると一通り出走予定馬のリストを確認した。

 駿馬はブラックアローの父に目が留まった。キングフィロソフィー・・・ハヤテオウと同じ産駒か。2歳馬が中央競馬を引退して間もない実績馬に挑まなければならない。そして自分たちにスマイル牧場、愛子とフラワースマイルの命運がかかっているのだ。切り開くしかない。

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