第8話 一文無しの矜恃

 競馬ゲーム「ダービーミリオネア」の世界に飛ばされた確信が強まったが、不思議おなことに。絵に写るものは割とリアルな感覚だし、目に映るものがちょっと絵的であること以外は元の世界とあまり変わった感じがしない。


 とりあえず困っていることと言えば、愛子に本当のことを伝えにくいことだ。駿馬は勝負服や帽子など、ステッキ以外のジョッキー仕様で、ハヤテオウはナショナルダービーのゼッケンと鞍を身に付けている。しかし、財布も無ければ、身分を証明するものもない。


 元の世界では若くして東部リーディングの上位に付けていたぐらいだから、勝ち負けの馬に乗せてもらうことが多かったし、収入もそれなりにあった。正直、円の価値が同じであればスマイル牧場の借金を用立てるぐらい何でもない。しかし、ここが異世界であれば銀行の通帳やキャッシュカードから引き出せるわけもない。


 住民票、社会保険、運転免許証・・・そういうのはゲームの世界ということで省略化されてたり、簡略化されているのだろうか。これまでの常識で考えすぎてもしょうがないけど。


「あの、良かったらレースの日までここに寝泊まりしてください」

「え?」

「駿馬さんが寝ている間に、遠くから飛ばされてきたとか言っていたので」


 そんな寝言を発していたのか・・・変な奴に思われていないだろうか。まあ変な奴に違いはないが。


 それにレースまでの準備がありますからね」

「あの、財布を持ってなくて・・・」

「全然いいんですよ。むしろ、お金なんていただけません」


 借金を抱える牧場と一文無しのジョッキーと馬。ああ・・・そういえばトレジャーカップに出る予定だったマルチプライズはどうなったかな。当然、騎手は誰かに乗り替わりだろう。そんなこと考えても仕方がない。

 夢か現実か分からないけど、この世界でゼロから生きていくしかない。僕がジョッキーであることに変わりはないのだ。おかわりのコーヒーを飲みながらそんなことを考えていると愛子が再び話しかけてきた。


「今日はゆっくり休んでください。明日、ハヤテオウのメディカルチェックに行くので、競走馬専門のお医者さんに連絡を取っておきますね」

「えっと、それはどう言う・・・」

「これもRRCの登録場に比べたら簡易ですけど、正確な年齢とか、怪我の有無や健康状態、あとは増強剤など不正がないかとかのチェックをしてもらって、運営に提出しないといけないの」

「なるほど・・・」


 そんなのもあるのか。当然と言えば当然だけど、元の世界からやってきただけに、ちょっと不安はある。

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