第3話:学園長について 後半

第3話:学園長について 後半


熱いし痛いし、生きた心地がしなかった。

これは私の人生で最も無茶をした瞬間だったのではないだろうか。


かいつまんでいくと、まずサンフラワーの背負っていた銃を、あろうことか額で錬金術し始めることとなった。


この時の私は、錬金術に集中していたせいで前方の異世界人(仮)やマリア達の様子など見る隙も無かったのだが、それはこの際どうでもいいとしよう。


私の額に魔力が集まるのを感じた。それは違和感でしかない。そもそも人類が誕生して十数世紀、手というものは変幻自在な道具として活躍してきたのだ。例に漏れず、魔術だって含まれるのだ。


いわば人類は、生まれた端から手と言葉にならぬ鳴き声で意思を表現し、母乳を求めるようになってしまった。何も知らぬ赤子の頃から、腕を扱ってきたのだ。いわば腕プロなのだ。


だのに、今回は額である。眉間から髪の生え際にあたる、狭き面積の肌を銃に押し付け、私は魔力を流し込むのだ。


やはり手を使うのとは全く意識が異なった。少し魔力を注いだと思ったら雀の涙ほども流れ込まない。


集中こそ切れなかった。だから余計に視界は狭かった。目前しか見えてなかった。


だから全力を出した。壁に埋もれながら謎の道具に叫び、額を当てている様は、あまりにもシュールな構図に見えるだろう。


いやそう見えたなら正解だと答えよう。故に早く忘れてくれるとありがたい。


そんな私は、銃の修理に成功した。


別に理科の授業ではないし、銃がどうこうという訳ではない。ただ私は、内部の火薬や仕掛けに付いていた湿気を取り除き、曲がっていた銃口を逆に曲げ、ひと通り機構を変えただけだ。


「仕掛けを変えた!?」


サンフラワーはそう尋ねてきたが、別に改良ではない。


「あぁ、むしろ改悪になる。もう使えないかもしれない」


だが、次の一発は確実に放たれるだろう。


そう私が言い放った途端、サンフラワーはその右腕を素早く動かした。

そんな可動域があったのなら、何故先程まで固まっていたのかと言いたい。

いや色々言いたかった。


しかし、全てを遮るようにサンフラワーの指が引き金へと届いた。


「え!? ここで!?」


全力で身を引く。


刹那、目の前で撃ち放たれた銃撃は壁の中で大爆発し、とてつもない衝撃を生んだ。反射的に強く目を閉じてしまった。


そして壁の奥にいた私は余計奥に叩き込まれる。熱くて痛いし、もしかしたら既に死んでいるかもしれない。


死ぬのは怖い、何よりも死んで全てが終わるくらいなら私以外の誰かが死ねば良いと思っている。


ただ今回の私は、また別の理由で、なんとか目を開くことになった。


まず見えたのが、今の衝撃を活かし風を切るように飛び出したサンフラワーの背中だ。その軌道を描くように、ボロボロになった銃の残骸が宙に残されていた。


向かう先はドラゴンだ。


ドラゴンが見えた。


そこには、マリアと異世界人(仮)が必死な顔で防戦している姿があった。


ドラゴンの爪が迫った瞬間、マリアの炎がそれを防ぐ、時に牽制し、自分の体力だけが削られる戦いだろう。


異世界人(仮)は、未だロクな魔術も使えない。それでもマリアに向いた注目を逸らす為に駆け回り、石を投げては鼻を蹴り、危なくも立ち向かっていた。


児童小説の主人公達かよ。


空気を揺らすようなサンフラワーの怒号が、見事ドラゴンへと着弾する。それにはドラゴンのみならず、他二人も驚愕してしまっていた。


そりゃそうだろう。唐突に壁から人間が飛び出してきては、ドラゴンにぶち刺さったのだ。


そしえ驚愕は困惑へと変わる。だが全てを有耶無耶にしたいのか、瞬く間に埃が視界を満たそうとしていく。


壁の中からでも聞こえたのは、どこかの柱の崩れる音だ。


もし私に近い柱ならば生き埋め確定だろう。そうなれば誰かに見つけてもらわぬ限り、晴れて仲良く壁と眠りに就くことになるだろう。


いや待て、まだ終わってない。


同時にドラゴンの息も聞こえてきた。


だいぶ細くなっているが、それでも野生的な鋭さを孕んだ鳴き声に近い音。

微かに聞こえるのだ。


まだ生きている。銃の爆発で飛び出した、サンフラワーの特攻でも足りず、トドメは刺せていない。


視界が開ければ、またすぐに処刑が始まる。


何故こんな目に遭わなくてはいけないのか。壁の中で何度も自問自答していた。その答えは未だに出ていないし、これからも、運命の女神は恨み続けたいと思っている。


だが、それは全て過去の話なのだ。


私が見たいのは未来、錬金術師としての道の先だ。


半ば、言い訳と屁理屈が交ざりあった言葉。下手をすれば世間と隔たりを得てしまうかもしれない言葉。


それらを以てして、未来に繋げるんだ。



気付けば、吸い込む土埃が苦しくて堪らない様に、壁の外へ外へと、溺れて足掻く子供の様に、群衆からひとり踊り出る指導者の様に、もしくは、世に遍く魔術師達と同様に、私の右腕は伸びていた。


「あ」


ドラゴンの真上、振り下ろされた小さな影は、周囲の煙を真っ二つに切り拓き、そして勢いそのままドラゴンへと沈んでいった。


私が呟いたのと同時、この世の終わりかと聞き紛うほどの打撲音が重なった。


間もなく視界は開けていく。


そこには、顎も翼も土に触れ、まさに意気消沈という状態で気絶するドラゴンと、何故かそれにのしかかっている異世界人(仮)という構図が広がっていた。


更に、柱のような何かが何本も突き刺さっており、ドラゴンの拘束を強めているように見える。


そんなドラゴンの下から、サンフラワーが這い出てくる。見た目の凄惨さに比べ、表情は軽い。取り繕ってるのだとしたら相当だ。


「痛ててて……ギリギリやったわ、ほんま」


腰を抑えつつ、微笑みながら出てくる彼女だが、その物腰に反して改めて見ると綺麗な髪や整った顔立ちをしていることが分かる。


どうせ美男美女ばかりなのだろう、異世界人というものは。


隣に立っていたマリアは、未だに事態を呑みこめていないようだ。

彼女からしたら、突然の衝撃に次ぐ衝撃の後、開けた視界に存在したのが倒されたドラゴンなのだ。

彼女は恐る恐るドラゴンを突いてみる。すふと反応が無かったようで、それを理解すると膝から崩れ落ちるように倒れ、恥じることなく安堵の息を漏らしていた。


そして私はドラゴンから視線を上げる。そこに居た少女は、荒い息を吐きながらも顔を上げ、周囲を見渡している。ドラゴンの上から眺める景色はさぞ良かろう。


「アンタがトドメやったんか」


サンフラワーと少女、異世界人同士が接触する。


「はい、私がやりました。でもきっと一番凄いのはニアさんです」


私が? 私が何をしたと言うのだ。


「へえ、コイツらは全部その錬金術師モドキのお陰っちゅうことか」


『コイツら』と言うのは、結果やら抽象的な意味ではなく。ドラゴンの周囲に展開されている……あれは、なんだ?


「貴女がドラゴンへと突っ込んだ後、私の足元の地面が突如として盛り上がったのです」


ドラゴンの裏には、小さな丘があった。当然、元々中庭には無かったものだ。


「その勢いに身を任せ、私は飛び上がりました。そのしたら瞬間、ドラゴンに何本もの柱が突き刺さり、動きを鈍らしたんです」


改めて、倒されたドラゴンへと視線を巡らせば分かるのが、その堂々とした存在感を放ちながら、翼や尻尾、長い爪などにのしかかる謎の柱である。


「へえ、石英かいな」


サンフラワーは柱に手を触れると、珍しそうに呟いた。


「きっとこれもニアさんが……全部——」


急に、少女が転落した。それを危なげなく抱えるのはサンフラワーだ。

気付けば、少女の体はサンフラワー以上にボロボロだった。


「だ、誰かそろそろ引っ張ってくれないか」


私の嘆きにマリアが気付いてくれた。


「アンタ、相当無茶したわね」


壁の穴から覗くマリアは、私と目が合った瞬間そう言った。そんなこと自分が一番理解していると適当に流せば、マリアは私に手を差し伸べる。


「すまない、上手く体が動かないんだ」


恥ずかしながら、腰を屈めながら引き摺り出そうとしてくれるマリアに、私は身を捧げるしかなかった。


「いやおい待て、私がこんなことに巻き込まれたのも全部貴様のせいだ」


「は、はあ!? いきなり責任問題持ち出すわけ!?」


「責任問題なんて大仰な言い方せずとも、誰が原因だったかくらい赤ん坊でも分かるだろうな!!」


傍から聞けば痴話喧嘩染みた会話だが、実際は引きずり出されようとしている私がジタバタしているだけだ。


それに気付けば、やっと恥も外聞も生まれてくるもので、私は口を閉じてしまった。


「うう……早く出してくれると、嬉しいなあ?」


「人に頼む態度がなってないわね」


「お互い様と言いたいが、ここは私が身を引こうか。よろしく頼むよ、マリアなんとかノットさん?」


「マリア=A=ノットよ!! ミドルネーム大事!!」


「あら忘れてたわ、マイアラークキングさん?」


「全然違うじゃない!!」


先程、痴話喧嘩のように聞こえるが実はそうじゃない的な思考をしたかもしれない。いや実際痴話喧嘩ではない。ただ、別に私は鈍感じゃないから言える。私達は、想像以上に親しくなってしまったのかもしれない、と。


「はあ、散々だな」


「それは言い過ぎよ」


なんだそのセリフは。


マリアを見れば、良さげな笑みを浮かべているではないか。おい待て、まるでハッピーエンドみたいな物腰をするな!


これだから幸せに育てられた奴は……幸せに育てられた奴……くそう、何も言えないじゃないか。


そんな私達の背後に、ひとりの人影が近付く。


女性ではない男性の影で、何より煌びやかな格好をしているのが丸わかりだ。


「おや何事かと来てみれば、とっくに片付いていたのかぁ」


彼が、学園創設より数えて三代目にあたる学園の学園長であり、吸血鬼である男性だ。見た目は筋骨隆々で、キツキツに着た服が目立つのだが、それと相反するようなギャップのある声をしている。なんというか、まさにコウモリの鳴き声のような甲高い音色で話すのだ。


煌びやかな格好とは言ったが、一般的には風変わりと言えるだろう。魔術的な意味があるのか分からない装飾は、見ていて気が散るし、尾を引くように地面に伸びるスーツのデザインは……凄く邪魔に見える。


「君達アイリスの子? それは素晴らしいじゃないの。もしや自分達だけで……ん?」


学園長はサンフラワーへと目を向けたと思えば、怪訝な目をする。


「ありゃりゃ」


白髪の吸血鬼なのだが、そのようなリアクションを取るものだから余計に気が狂う。


しかし、目が合ったサンフラワーは違った。


一瞬にして学園長へと肉薄する彼女、その表情は怪訝どころか激怒している。


「のこのこと……今更何しにきたんや」


苛立ちを隠しているのか、もしくは見せつけているのか。酷く落ち着いた調子で囁いたサンフラワーが、半歩一歩と学園長へとにじり寄る。


今にも手が出そうだ。それに彼女は疲れというものを知らないんだろうか。先程死闘を繰り広げたばかりなんだぞ?


「のこのこねえ、ふん。サンフラワー君には分からないかもしれないけどね、僕には僕のペースがあるんじゃよ?」


とって付けたような口調、言い訳がサンフラワーのストレスになる。いつの間にかマリアも私と同じ穴に隠れにやってきていた。


「ちょ、邪魔なんだけど」


「うっさいわね、なんなのよこれ。今にも殺し合いそうじゃない」


「まさか、ウチの学園長が異世界人と喧嘩する理由なんて——」


「今すぐ殺しやろうか?」


「やれるものならやってみたまえよ。おっと、今のセリフはありふれておったな。ええとじゃあ」


前言撤回だ。売り文句に買い文句なのが見て取れる。つまるところバチバチなわけだ。しかし数瞬の沈黙が続いた後、先に折れたのはサンフラワーだった。


「ッチ、もうええ。あんたらには協力してもらわなアカンのや」


「ほう? なんですかなぁ?」


学園長の煽るような口調は早くやめて欲しい。こちらの心臓がもたないのだ。

しかし、異世界人がわざわざ学園にやってきた理由というのは気になるところだ。あのドラゴンは関係があるのだろうか。ウチにも異世界人らしい奴が居るが、そいつは関係しているのだろうか。


「ねえニア、異世界人ってさ、確か」


マリアがそう言う。また、その言葉の続きは言わんでも分かってしまうだろう。昨日イロハ先輩と話したばかりなのだ。あの時は世間話のように聞いていた。


だって実際、異世界人なんて普通に生きていて会えるかどうか程の存在。しかもその活動に関しては、と言うかその中心となる忌まわしき存在は、最早伝説や与太話の類と見なされるもの。


ただ、誰もが完全に嘘だとは信じきれない存在。宗教じみていて、伝統じみていて、悪習じみていて、存在してはいけないだろう存在だ。




「魔女が出た」




この瞬間ばかりは、ドラゴンのことや体の痛みも含め、全て忘れてしまっていた。


魔女が出たならば、本当にそうならば、いやまさか。


「嘘だと思うなら、ウチまで来ればええ。隊長が喜んで情報を見せる約束や」


「いやあ、嘘だなんて全く。魔女が出たなら、どれだけ人様に迷惑かけようが、どれだけ無関係の人が死のうが魔女を殺す。それが君達のやるべきことじゃないか!!」


サンフラワーはそれを聞くと、奥歯を噛み締めたような顔をしながら、されど何も言わなかった。


「お勤め御苦労と言えばいいんだっけかな? すまないね、礼儀はあまり知らないんだ。君達の右に並べるくらいにはさ!」


間の抜けた、それでいて鋭い学園長の言葉には、関係無い私ですらイラっとしてしまう。しかし正論でもある。魔女と同等に嫌われやすいのが異世界人らしいのだ。


まず突如として現れ、特別な存在として君臨しようとする彼らに、元から居た市民が好い顔をするとは……とてもじゃないが言えないだろう。


サンフラワーだって、普通に話したら面倒臭そうだし。


「ニア、誰かの悪口考えてる?」


「え? 何も?」


サンフラワーが語ったのは現在の状況である。


まず今回のようにドラゴンが暴れていたのも、魔女が出たことによる魔力の変化が原因らしい。それも、ここだけの話ではなく世界各地に言えるのだとか。


次に魔女の反応は単数じゃないということ。


魔女の反応ってなんぞやは思ったが、学園長も流していた言葉なので私達の知る由もない言葉だった。


しかし続けられた言葉は、極めておかしな話だった。


「ひとりはアイルズ=アイリーン付近で反応しとる。気になるのは他だと思うんやけど……他に確認されとるんが四匹や」


サンフラワーは、隠すように小さな紙切れを学園長へと手渡した。


「内一匹はともかくとして……お前さんに必要かは知らんけど、情報だけ預けとくで」


「ほう? 異世界人にしては気が利くね?」


「全部、今の隊長の命令やで」


二人は会話を続けるが、正直具体的には聞き取れなかった。


するとマリアが耳元へ囁くように近付いてきた。


「ねえニア、何言ってるか聞こえる?」


「聞こえない」


「魔女ってことはさ」


「うん、言葉はとんでもないが……私達と関係は無いな」


「今回みたいなことがあったら?」


「その時はその時だけの関係が生まれるだけで、他で私達にできることなんて考えられる?」


「うん……それなら良いんだけどね」


やはり、マリアにはどこか正義感なのか目立ちたがりなのか、逸る気持ちがあるのではないか。そんなこと言っておきながら、次に飛び出すのは私かもしれないのだから、やはりアイリス寮の血は争えないということか。


話がひと通り終わったと思うと、サンフラワーが覗き込んできた。


「んで、お前達はなんなんや?」


私とマリアは、バツが悪そうに顔を見合わせる。


ドラゴンから魔女の話まで、勝手に居合わせてしまったのだから、気障りなのかもしれない。そう思ったのだ。


元よりこちらは巻き込まれた側なのだが。


「ニアです」


「マリア=A=ノットです」


はじめまして、と言う挨拶が場に合うのかは置いておくことにする。


同級生なのかなど問われるが、その点も含め詳らかに説明した。

まず決闘をしていたことや、それで疲弊したところを突然、今回の騒動に巻き込まれたことまで。


「まだ一年生なんか?」


壁から出る手伝いをしてもらいつつ、彼女は改まるように問い直してきた。


「そ、そうですが?」


私の返事に対して、サンフラワーの表情は綻ぶと言うか、扇情的と言うか、感嘆の声らしき声で答える。


「一年で錬金術なんて習うんか?」


「アレは全部独学です」


また驚かれるが、驚いてもらって当然だとも言いたい。だって普通に難しいもん、錬金術って。


満更でもない顔をしていると、マリアが肘で突いてきた。


なんだ、大人ですらマトモに使うには訓練が要る代物なんだぞ。


すごいんだぞ!?


「ところで、向こうでバテてる奴は?」


指された先には、桃色の髪をした奇怪な少女が見る影も無い中庭の地面で倒れていた。流石に慌て、マリアと共に駆け寄ったのだが。


「コイツ……寝てるだけだわ」


傷こそ酷いのはサンフラワーも同じだが、しかしながら熟睡している様は少し能天気にも感じる。


「おや、この少女も活躍したのかね?」


まだ居たのか学園長。


「そうやね、トドメはコイツがやってくれよったんや」


「それは重畳、成長を感じる的な?」


「んで、コイツの名前は?」


ドキッとした後、私は言い淀む。マリアも聞きたくて堪らない様子だし、サンフラワーに限っては自然に名前を聞いただけなのだろう。


そして学園長の顔を見た途端、彼は困惑の表情から一切の躊躇も無く口を開いた。


「なんだ? 彼女は異世界人じゃよ? 故に名前なんて無い、そうだろう?」


そんな当たり前みたいに言われても、納得しないよ普通は。


マリアが分かりやすいリアクションを取っている。口を開いたまま固まってしまったのだ。顎外れないんだろうか。


対して、サンフラワーも例外なく大きく瞼を開く形で驚いていらっしゃる。おお、ドラゴンとの戦いでも見せなかった顔だ。


わあ、言っちゃったよ学園長……と、驚きの形に個人差はあれど、同じ思考に支配された私達だった。


「待て待て! コイツが異世界人やってホンマに言うんなら、どうして学園なんかに居させ、え!?」


そこまで驚いてやっと、彼女は冷静さを取り戻したように頬を叩き、素面を取り繕い始めた。


マリアは私に囁く。


「ねえニア……! アンタ知ってたの!?」


感嘆詞ばかり浮かべて、それ以外に驚きを表現する方法を知らないのか?


「知ってたよ!?」


すまない、私も相応に冷静ではなかった。


「おい学園長、ホンマに考えがあったこんなことしとるんか? 冗談にできんのは、今だけやで?」


「実は人工異世界人でした、などと言うつもりもない。ほんとじゃよ? え? 結構間に受けておらんか貴様ら」


学園長が語ったのは、ウチの教師のひとりが拾ってきた孤児だったらしく、入学したタイミングも私と彼女が出会ったあの日のことらしい。


学園長はこれを異世界人と判断しつつ、ひとまず学園に席を置かせたというのだ。


「嘘じゃないのよね?」


「ああ、私なりに検査した結果も異世界人と示していたよ」


マリアは未だに動揺しているが、それよりも私は気になることがあった。


「サンフラワーも異世界人だって言うなら、どうして名前が?」


その問いには学園長が答えた。


「あれじゃね、一種の伝統。いわゆる『異世界にはみんな花の名前を付けよう』というやつじゃよ」


どこか呑み込めない様子のサンフラワーが、渋々と控えめな同意をする。


「じゃああの子にも?」


「うむ、花の名前を付けてあげるといいんじゃないかな?」


下手な名前を付けぬように、と学園長は付け加えた。今後その異世界人が悪行に手を染めた場合、世間体よりも花屋からの苦情が激しくもたらされるようだ。


「そんなのどうでもええねん」


正論だな。


「そう言うわけで、ヨロシク!」


そう言った直後、学園長は一瞬にして消えてしまった。跡形もなく消失したのだ。


「アレも魔術なのかしら」


マリアが呟くが、私も全く同じ気持ちだった。きっと凄い、その一言だけで纏めるにはだいぶ惜しい人物だ。

性格的に、悪い意味で。


「はぁ、ほんじゃ後はウチがなんとかしとくわ」


サンフラワーはドラゴンの方を見ながらそう言った。


「ああ、よろしく頼む」


そうしてドラゴンの側まで近付き、尾を掴んだと思うと、宙に浮く勢いで振り回し始めた。


自分を軸に、何回転もしているのだ。


その速度が限界まで到達した瞬間、ドラゴンらサンフラワーの手を離れ、元々襲来して来た方向へと吹き飛んでいった。


「こんなの出鱈目でしょ」


その突風と衝撃には、思わず身構えてしまうほどだった。


「また“今度”!」


そして彼女も軽く跳ねるように屋根を飛び越え、後を追う形で消えていった。


いつだったか、自分も御伽噺の登場人物になれないものかと思うことがあった。いや今だってそう思うものだ。願わくば主人公になりたいと。


しかし、蓋を開けてみればご覧の有様で、明らかに度が過ぎているのが現実の御伽噺なのだ。


全てが過ぎ去った後の静寂が、私の心をアンニュイに縛り付けた。


「ねえ、あいつは?」


ふと足元を見ると、先ほどまで転がっていた少女が消えていた。

一体どこにと振り返れば、彼女はそこにいた。


いや、先程の突風にされるがまま転がって、壁に激突していた。


「早く医務室に! 医務室に!!」


とっくの昔に消えた喧騒が戻ってきた頃、私達も慌ただしく少女ひとりを担ぎ上げていた。


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