第3話:学園長について 前半

第3話:学園長について 前半



私の身長など優に越すドラゴンが中庭の空を割るように、いや実際に壁をヒビ割らせながら着地する。


その粉塵は意外と多くなかった。何故なら、ドラゴンはサンフラワーや私達を前にしながらも一切こちらの様子を伺うわけでもなく、常に漫然とした態度を貫いているのだ。


それは着地した際も同じで、一言で表すならば優雅な振る舞いだった。


ドラゴンという名の巨大なトカゲに優雅も何もないかもしれない、そう指摘されたならば言い直そう。


「私達のこと舐め腐ってない?」


マリアが言った。


位置的にはドラゴンと私達の間に、サンフラワーと名乗る女性が佇んでいるのだが、彼女も微動だにしていない。


彼女のそれもまた、余裕なのだろうか。


ドラゴンがサンフラワーを睨む。その口と言うには人間のそれより遥かに恐ろしい口からは、ドラゴンが息をする度に蒸気が噴出される。


有名なドラゴンアロマは、あの息から作られているらしい。いや、髭だったか?


「ちょっとニア! 何ボケっとしてんの!?」


唐突に腕を引かれた私は、柱の影へと押し詰められる。


思考に耽っていた私は、迫り来るドラゴンの咆哮に気付けなかった。今さっきまで踏んでいた足元を見ると、巨人か何かが抉ったのかと見紛うような痕があった。


柱から、息を殺しつつ首を出した私は完全に青褪めてしまった。そして柱の裏へ、張り付くように隠れる。


「すまない、ボーッとしてて……」


「まあ、あんなのいきなり現れたら普通呆然とするわよ」


理解あるマリアで助かった。


「それはそうと、この桃色のは大丈夫なの?」


言われるがまま、桃色と呼ばれた彼女を見れば隠れる以前の問題だと言うことは一目瞭然だった。


「全部マリアのせいじゃん」


思考よりも先にそんな言葉が出た。


「そ、それはそうかもしれないけど……!」


これに関してはどんな理由があろうと言い逃れさせるつもりなどない。


たとえ良い話のように見えても、こちら側の怨嗟は絶えないのだ。


しかしそんな冗談を言っている場合でもない。


足元には、息も絶え絶えの少女が転がっている。無理もない、ただでさえ激しい戦闘の後、深傷を負い、更に無理して動いたのだ。


たしかに回復魔術というものもある。


だがあるだけだ。私達には到底使えないような高等魔術だ。


縋れるのは、ここから開くつもりの逃げ道しかない。


ただそれも、つもりなだけの口上だ。


つまり、逃げ道など無いこの状況で、大怪我を負った友人を抱え、どう生き残るかという話……何故こんな目にあってるんだ!


「みんな、私は……置いていって……」


「そんなこと出来るわけないじゃない!」


マリアってそんな優しかったっけ。どちらかと言えば、私は置いていってでも逃げたいくらいだ。


いや冗談である。流石にドラゴンの餌にもなれずミンチになって死ぬ友人なんて見てられない。


私は意を決した。


「よし、じゃあ各自バラバラに逃げ——」


次の瞬間、私達全員が浮き足立ってしまう程の衝撃が、中庭全体をこれでもかと言わんばかりに揺らす。


私やマリアも尻餅を突いてしまったのと同時に、建物が揺れたことで生じた砂埃を顔面へと被る。


「だは!? 一体なに!?」


もう恐れや好奇心というより、とにかく身を守る為に顔を出した。


そこでは、中庭に佇むサンフラワーと壁に埋まったドラゴンの姿があった。理解することはできないが、サンフラワーの手にしている銃の先端から、薄く煙が立ち上がっているのが見えた。


「いくらなんでも強過ぎるでしょ、異世界人」


マリアはドラゴンに抱くものとはまた違う、畏怖の表情を見せている。


しかしこれでドラゴンは倒されたのだ。やったか!? である。


私達は更に乗り出そうとするが、サンフラワーの呟きによって足を止めてしまった。


「チッ! なかなかドラゴンもしぶといやがな」


ギクリと身を震わす私、そして言葉通り動き出すドラゴン。


こんなに弱腰なのは、確実に決闘での疲労のせいに違いない。


「それに、銃の調子がイカれてしもうた……しゃあない、捨てるか!」


独特な喋り方、少し煽り立てるような抑揚の彼女だが、その状況に笑える部分はあまりないらしい。その証拠に、彼女は銃を背中に仕舞い、ステゴロの体勢をとってしまった。ん? ステゴロ?


武器を捨て、拳を構えた彼女の表情はどことなく笑顔というか、楽しげというか。普通に笑っているものだから、若干引いてしまう。


「あの人……ドラゴン相手に素手で戦うつもりなの!?」


しかし隣のマリアは私よりも焦っていた。いや私も焦っている。だが彼女は、放っておけば今にも動き出してしまいそうなほどだ。


そして、私の服を掴み立ち上がろうとする少女の顔は、もっと挑戦的だった。


なんでそこまでして英雄を気取ろうとするんだ。私は苛立ちすら覚えてしまう。ただそれは、不明瞭に動こうとする彼女や、勝手に追い込まれている彼女達に向けたものなのか、もしくは自分自身に向けたものなのか分からない。


分からないんだ。


私が悩んでいると、とうとう異世界人(仮)も立ち上がってしまった。


「ニアさん、逃げてください」


とにかく私は、私がこんな状況に追い込まれる原因を作ったマリアに謝罪を求めたくて仕方ない。私は、桃色の髪を靡かせる彼女が、いつまでも折れないことを責め立てたい。


たった一ヶ月もなかった関係で、一緒に居るメリットなど何も無い私達が、今ここで何が出来るのか、何をすれば良いのか。


「求められてることに答えなくてはいけない」


父が最期に残した言葉を思い出した。


姉達の顔を思い出した。


やめろ突然そんな思い出……まるで死ぬみたいじゃないか。


私の隣で、少女が叫ぶ。


「死ぬよりも恐ろしいんです、何もできずに死ぬことが!」


記憶喪失の彼女がそう叫ぶのだから、また勝手なことだと思う。


だが、その気持ちを私はどうしても裏切れなかった。


「わかった」


「ニア!? 逃げても良いのよ?」


「今更そんなことできない。私は」


ついでに、私がマリアに目を付けられるようになってしまった原因である、例の授業ことも思い出してしまった。


そう、高らかに最強の錬金術師と掲げてしまった授業である。


私は周囲からの嘲笑に一杯一杯で、それどころではなくなっていたことがあった。


だが、あの時教師は私を見ていっていたのだ。


『そうか、頑張れよ』


と。それは他の笑いが籠った視線などではなく、まさに先で待っているような肝の座った視線だ。


金色の瞳は、鷹のように私を見つめながら、笑うでもなく、一言で切り捨てたのだ。


それが最強という道、だとするならば。


「特に理由なんて考えたことはないし、強いて言うなら金の為! だけど私は、絶対に最強の錬金術師になるんだ!」


あまりにも酷い口上だが、そう叫んだ次の瞬間には目の前で激闘がスタートした。


きっかけはサンフラワーによる飛び膝蹴りだ。常人には決して真似できない速度、その膂力で飛び出した武術だが、それは難無く翼で受け止められてしまう。


手応えが全く無かったのか、止められたことに苛立ったのか、サンフラワーは空中で今一度力を込めるように、足を大きく捻る。

しかし、今度は翼を撤収させられ宙に浮いてしまう形に。


胴体を微動ださせていないドラゴンは、そのまま尻尾を振り払いサンフラワーを壁まで押し飛ばした。


いや、薙ぎ払ったと表現する方が的を得ている攻撃は、サンフラワーの腹部へと深く刺さるように直撃し、彼女も壁に埋まるのだが、私達がそれを認識した頃には、ケロッとした顔で壁から飛び出してくる彼女が、再びドラゴンへと突撃していく様を見ることになる。


「やっぱ帰った方がいいのかな」


思わず呟く。

しかし、きっと同じ異世界出身なのであろう少女の片手が、身を引こうとする私を妨げる。


「いえ、よく見てください。あの人、攻撃こそ継続してますが、ダメージは相当負っています。何より、対するドラゴンの様子は圧倒的です」


ステゴロでドラゴンと戦闘なんて、純粋な人間が行えるはずがない。


「じゃあどうすればいいのかしら」


焦った声で言いながら、マリアは汗を流している。


その視線は、少しずつ傷を増やしていく女性に釘付けだ。


何かないか、何か打開策はないか。


次の一手、神の一手、更なる一手、打開策……打開策?


「そうだ、全てぶつければいいんだ」


まさに今日、マリアが私の土壁を打ち壊そうとしたように、ドラゴンに風穴をぶち開けるのだ。


「つまり、どういうこと?」


奴は基本的に私達を舐め腐っている。先程からサンフラワーの攻撃を避けようともしていない。


いや、避けたという結果にこそなるのだが、実際には一度受け止めてから、嬲るように押し飛ばしているだけなのだ。


一度だけ攻撃を受ける。強敵特有の余裕を奴は持っている。


ならばその瞬間に叩き込めばいい。


倒せないかもしれない、だが少しはドラゴンのリズムを崩せるはずだ。


サンフラワーの手助けにもなるはずだ。


「私は、炎を打ちまくればいいの?」


単純に言えばそうだが、実際は囮が必要だ。


「え? ニアさんが?」


私が囮となって、ドラゴンの気を引く。総攻撃を仕掛けるのは、そこから強襲を仕掛けてからだ。


「私が突撃すればいいんですか?」


今の彼女に突撃できる程の余力は無いだろう。


「だから私がサポートする」


そしてマリアは、ギリギリまで見ててほしい。タイミングは、指示できる余裕があればいいのだが。


「言われなくても、なんとかしてみせるわ」


そうこうしていると、サンフラワーの苦戦し始めている様が見えてきた。


いや、最初から苦戦こそしていたが、今では疲れや痛みを表情に出すようになってしまったのだ。


時間の問題も、ここまでくると秒読みだ。


私達は飛び出した。


「ところでニア、ドラゴンに一泡吹かせた後はどうするの?」


「なんでも聞けば答えてもらえると思ってるのか!?」


「考えてないの?」


任せたまえ、成功だけみればいいのだ。


そして勝利の美酒を食堂で飲み交わそう。


とどのつまり、作戦は失敗した。


まずドラゴンによって蹴飛ばされたサンフラワーが、飛んできたまま私にぶつかり、二人仲良く壁に激突。それに釣られて異世界人(仮)も正面に躍り出てしまい、現在も絶賛ロックオン中である。


マリアはは影に潜んでいるが、少女の安否次第では多分簡単に飛び出してくるのだろう。


もし、全てドラゴンの狙い通りだとしたら寒気がする。


いや、そうじゃなくても生命の危機に寒気はしているんだ。


「あぁ、作戦なんて始めずに逃げれば良かった」


異世界人(仮)が立ち上がれた辺りで、逃げるように説得すれば良かったんだ。何故戦うだなんて言い始めてしまったのか、数時間ほど問い詰めたい、過去の私よ。


「どうした学生、もうお手上げか?」


壁、私、サンフラワーという位置関係にあるのだが、完全に障害となっている肝心の彼女は、痛みのせいか体が動かせないらしい。


つまり私も動けない状況だ。かくいう私も体が痛くてたまらない。


「そっちの方がお手上げだろ、異世界人(本物)」


「へへ、情けねえ」


壁に埋まるって簡単に言ってきたが、実際に体験するとこんなに痛いんだな。


骨は何本折れたんだろうか。ちゃんと健常な感覚は残っているだろうか。


顔を出すことはできるため、サンフラワー越しに戦況を見ることができる。ただ芳しくはないのは一目瞭然、いや見るより易しだ。


舐め腐った態度のドラゴンが、少女へとにじり寄っている。


ジリジリと、焦らしているのだ。


そして背後の私達や、隠れている誰かに見せつけようとしているのではないか。凄惨な処刑というものを。


息を吸う、そして足掻く。だが意味を為さない。私の腕や足は、埋もったままだ。


何より


「力が入らないせいで、錬金術もできない」


もしくは恐怖のせいだろうか。


「なんやお前……錬金術使えるんか」


ニヒルとした笑いを含んでいるが、決定的に疲れ切ってしまっている女性が私に尋ねてくる。しかしそれよりも速くどいてほしい。


「ならウチの銃、少しは使えるようにできんか?」


寝言は寝て言ってくれないかと、私は言いたい。いや寝るな、ここで寝られたら私が困る。


「どういうことだ? 助言でもくれるのか?」


「助言だろうと内臓だろうと、いくらでもくれてやるで」


人を悪魔みたいに言わないでくれ。錬金術に代償とか等価交換とか持ち出すのなんて、とっくに時代遅れで死後みたいなものなんだ。

だからってどういう訳でもないんだが。


「なんでもいい、やらせてくれ」


どっちかと言えば、悪魔は向こうなんだ。私の腕くらい捧げてやる。


「じゃあまずは腕を動かしたいんだが」


「奇遇やな、ウチも同じこと考えとったわ」

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