第2話:閑話【火術学】

火術学の教師はアンバーという名の男性教師だ。

種族はダークエルフということで、非常に珍しい。またスーツによって隠れてはいるが、普段から鍛えているのか特徴的な褐色肌が筋肉によって主張を激しくさせている。

悪く言えば暑苦しい見た目だ。そして性格も。


「ではまずはご覧に入れましょう、炎の神秘を!!」


アンバー先生は両手を大きく広げると、その伸ばされた腕先から突如として炎を噴出させた。

一瞬で私の体全体が熱気に当てられたかと思えば、立ち昇りながら膨張を続ける炎に視界を奪われ、そして気付けば天井いっぱいに広がった炎が、ただひたすら幻想的に踊っていたのだ。


横を見れば、私と同じように見惚れていた……異世界人(仮)が居るのだが、個人的にきになったのはアンバー先生である。

たしかに講義室全体で繰り広げられている炎は芸術の域にあるのだが、それを出している当人の様子には目も当てられなかった。


「はははは!! 素晴らしいでしょう、美しいでしょう!! そうです目を離さずに、瞬きも厳禁ですよ!」


あの調子で叫び続けるものだから、結局火花や熱気の流れる音を彼の声が全て遮ってしまい、鬱陶しい事この上ないという惨状なのだ。

アレさえなければ完璧だったな、と講義室に居た大半の生徒が思ったことだろう。


その後、テンションを落ち着かせた先生が仕切り直しと表して授業を再開する。


火術学もとい火術(パイロマンス)とは、魔力を使って生身の肉体から炎を放出する技術のことを言う。

そして、その技術を駆使し生業とする人のことを火術師(パイロマンサー)と呼ぶ。


「火術学においては、まず必要最低限の炎を使えるようになることが第一目標です。というか、基礎です」


世の中には、当たり前のように指先から炎を出し温度調節をする料理人や、圧倒的火力でゴミを処理する行政の人まで様々な分野で火術を用いなくてはいけない。

何より水や風を操る魔術などと一線を引かれている理由というのが、同様に魔力を使う必要こそあるものの正確な技術ではないという理由である。


いやその説明では回りくどいだろう。

これは例え話だが、ナイフとフォークでステーキを食すという動作は、ある程度の教養や環境がないと培えない技術にあたるだろう。

しかし目の前に出されたステーキを食べるだけならば、なんなら吸い付くだけならば、赤ん坊でもできる本能なのだ。


水や風を操る魔術を前者とするならば、火術とは後者となる。


生まれ持った時から、誰しもが炎を体に宿しているのだ。


「これには諸説あります。何故なら、人間の体をいくら解体しても炎は出てこなかったからです。あくまで先天的に持っているのは魔力のみです」


そんな解剖を行った人間がいたということの方が驚きだ。


「近年主流になっている考えとしては、誰しもが先天的に『炎』というイメージを持っているのではないか。というものです」


それこそ非論理的だと考えるが、否定しきれない事実が歴史上には存在している。

いわゆる史上最悪のパイロマンサーという人物である。

なんでも、その人物は母の腹を焼きながら産まれて、炎と共に成長したのだとか。

常に体から炎が放出されるのでまともな服は着れず、食事も普通には摂取できず、あまつさえ誰も近寄れないのだから一生孤独のまま過ごしたとか。

ここから胡散臭くなるが、そのパイロマンサーは孤独故に世界を憎み、最後には自身の身体を焼きながら街一つを消し炭にした……らしい。


「もう何百年、下手をすれば千年も昔の逸話になります。出所は不明です。しかし歴史家や有力な火術師達の考証が、先ほど述べたような結論を導いたのです。今を生きる火術師達の流行がそれというだけですね」


まあ考えてもキリがないのだろう。

極論を言えば、一生体から炎を出さなくても生きていけるのだし、普通の魔術を使っても火は起こせてしまう。

ただステーキの話に戻るのだが、そのステーキが食べれるのか、そもそもステーキをステーキと認識することができるのか、という問題は別なのだ。


「ですから、火術学とは正しい扱いを覚えて、まずは制御できるようになることが基礎とされています」


このように役に立つ立たない以前の、その魔術が浸透しているからこそ、各自が安全を保てて、技術の発展を期待でき、伝統も守れるような学習をする、させるということが現代魔術の流行となっているようだ。


火術とは元より卓越した者達の間によってのみ発展していた技術だった。しかし、文明の発展に伴ってか幅広く求められるようになった炎は、時に事故もを起こしたり、社会問題にも発展した。


その一番の問題が、危険性に対して難易度が低すぎるというものだった。


故に、それらが赤ん坊レベルのイメージや単純な動作として行われてしまわないよう、正しい操作に正しい火力、正しい状況の選択を学ぶというのは、自ずと人類全体の安全へと繋がる一歩だ。魔術をただ使うだけのではなく安全に使う、というのが、この箱庭のような世界を壊さないためにも必要であり、火術学はその為に存在するのだとか。


「ですから、火術学とは現代魔術理論の最先端にある学問と言っても過言ではないのです!!」


それは一考の余地があるが、たしかに理屈には納得できた。


隣で目を回している異世界人(仮)は置いておいて、私は珍しく使用した木版に目を通した。今回書いた内容は火術学が存在する理由と、それと——


「では授業も終わりが近づいてきましたね!」


唐突に、アンバー先生が決めポーズをとりながら、手に炎を握り始める。


「最後にとっておきの秘術を披露いたします!」


そう語った次の瞬間、その手に握られた炎が色を変えた。


「これがパイロマンサーの悲願であり、至高への第一歩……の……一歩手前!」


黒色に限りなく近いが、強いて言うならば藍色であろう炎へと変化する。


そしてそれは少しずつ膨張していくのだ。最初に見せられた派手なオレンジの炎とは全く違うのは一眼で分かるが、何よりアンバー先生の表情も違う。


最初のような爽快感はなく、非常に苦しそうな表情をしている。ただ瞳に映る炎は変わらぬものだった。


藍色の炎は視界一杯にまで広がった。決して踊ってはいない炎。しかし、比べ物にならない熱気は今にも恐怖で逃げ出したくなるほどだった。それでも視界に捉えておきたいと思えてしまうのは、授業でも触れらていたような“先天的イメージ”のせいなのだろうか?


「これが……暗黒炎、ダークフレア。それに最も近いであろう『ニア・ダークフレア』です!!」


アンバー先生がそう叫ぶと、そのニア・ダークフレアなるものは徐々に縮小し始め、緩やかに先生の手の中へと引き戻されていった。


全てを終えたアンバー先生の表情も、かなり疲弊しているのが分かる。


そこまでして見せたかったのなら、彼の火術に対する思いも馬鹿にはできないのだろう。

少なくとも私は感動もそうだが、畏怖すら覚えてしまった。


「いつか、本物のダークフレアを見せますね」


息を整えつつも絞り出すようにそう語ったアンバー先生。その根性にも畏怖の念を抱きそうだ。

私が苦笑していると、隣から声がかかる。


「あのニアさん、その真っ黒な板どうされたんですか?」


手元ではダークフレアよりも酷い惨劇が引き起こされていた……嘘だろ。

なるほど、現代魔術理論の最先端とはこのようなことを言うのかな!?


事故を防ぐことは大事なのだ、と再確認した私であった。

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