第2話:異世界人 前半
第2話:異世界人 前半
ところで私は、もう二度と食堂に来ない方が良いのだろうか。
「へえ、じゃあ今度決闘ね!!」
「のぞむところです」
倫理の授業など、穏やかな午前も過ぎ去ったので、私と桃色の少女は食堂にて腹を満たすことにしたのだ。
しかし出待ちしていたのか分からないが、マリアや他少しの取り巻きと丁度遭遇してしまい、先日の談話室ほどではないが一時的に睨み合うこととなった。
ただ睨み合うだけで済めば良かったのだが、何故共に行動しているのかも分からない桃色の少女がそうさせてくれなかった。
先日のはうっかり反発した私が、結果として引き所を失ってしまっただけなのだ。冷静な今ならば、二度とあんな喧嘩はしたくないとハッキリと言えるのだ。
とにかく、そんな私を無視して桃色の少女はマリアの煽りにまんまと乗っかっている訳で
「ちょ、ちょっと決闘とか……物騒過ぎるでしょ!」
先日の談話室から尻尾を巻いて逃げたことを、マリアは後悔しているらしい。
当然、その大きな原因となった桃色の少女に言い掛かりをつけるマリア。
これまでは私のみに向いていた悪事が、今度は私を巻き込んで主に桃色の少女へと向けられることになったのだ。
しかし話の流れは最悪な方向へと向かうことになる。
「ニアさんはこのままで良いんですか!? 決着を付けてやりますよ!」
最早、その場のノリで決闘を行うことになってしまったのだ。
私だって恨み節を心の中に貯めていただけではなく、ちゃんと事あるごとに口を挟んでは落ち着かせようと努めていた。
ただマリアを炎とするなら、少女は油と表せるほど、私ひとりの手では収拾がつかなくなるほどの盛り上がりを見せた二人。
更に悪いこととして、普段なら一方的に私が虐げられていただけだった現場が、突如として双方向性のある現場(出来るだけ良い表現をするならばそうなる)に変わったことで、傍観していただけの生徒諸君の注目を集めることになってしまった。
結果、当人同士の激しい言い争いは現在、二人を囲むオーディエンスからの歓声も交えた大論争となってしまったのだ。
そうだ、途中誰かが「じゃあ決闘してみれば良いんじゃないかな!」とか言い出したから、それに桃色の少女が乗っかる形となったんだ。
全くもって余計な横槍であることに違いない一言だ。
一体全体誰なんだ……とオーディエンスをひと睨みすると、見覚えのある人物がこの場から離れようとしていることが分かった。
それは特徴的な黒髪と、心を逆撫でするような表情の妖怪、もしくは仙人。
よし、誰でもいいからイロハ先輩をぶっ殺してくれないか、頼むから。
「じゃあ明日の昼、中庭に集合よ!!」
ああ、マリアが遂に場所指定を始めてしまった。
私の顔が青ざめていくのが分かる。
「ニアさん、こんなに顔色悪くして……! 絶対に許しませんから!」
違うんだ桃色の少女……というか、なんで私は名前も知らない彼女にここまで振り回されなくてはいけないのだ。私はそれほど悪事を働いたと言うのか? 強いて挙げるなら、実家の母を置いて飛び出してしまったことくらいしか思い出せない。
いや、きっと神の悪戯に違いないのだ。
こんなことなら、神父様の言い付けを無視し祈りを捧げる時間に抜け出すような、悪ガキ染みたことしなければよかった。
いえ悪ガキでした。たしかにそうだったのでしょう神様、しかし神よ、主よ、何故見捨てるのですか! 絶賛迷ってる最中の子羊がここに居るんですよ。
「さあニアさん、もう行きますよ!」
あ、狼さんは黙っててください。これから私は、無能な神様の元へ殴り込みに行ってきますので。
「というかアンタ、どうして名前を教えてくれないんだ」
「いや、だから私は名前を覚えてないんです!」
当初は嘘だと思っていた。単純な記憶喪失だとしたら、いや別に私は詳しくないのだがそういう訳ではなさそうだったのだ。だから名前を言えない理由でもあるのかと考えてた。
しかし、そんな裏があるならば偽名でも使えばいいんだ。そして偽名すら使えない事情でもあるのなら、何故ここまで私に構うのかと問いたかった。
でもそんな事情もないのだとしたら——
「そんなまるで——」
異世界人みたいなことを言われても、私は納得できないのだ。
「え?」
そんな間の抜けた少女の言葉が、束の間の静寂として私達を襲う。気付けば、私は少女の手に引かれ食堂外の廊下まで連れ出されてしまっていたようだ。
異世界人とは、この世界に不定期で現れる人間……と一言でまとめるには大き過ぎる存在だ。
あくまで私が知っていることだけだが、今存在している異世界人の情報を挙げるなら、まずはある程度成長した体で、また素っ裸な状態で、この世界のどこかにパッと現れること。
また、この世界の公用語を普通に介することができることや、何より記憶が全てないことである。
皆、名前を覚えていないらしい。
流石にこちらの少女がそうだとは言わないが、名前を覚えていないんですという文言で許されるのは異世界人だけの特権ってだけだ。
「言ってませんでしたっけ」
「何が?」
「私が異世界人らしいってことなんですけど」
ほぇ~
「え」
「え?」
「いやいやいやいや、ちょっと待って欲しい。そんなの一言も聞いてないし、聞いてたら……うん」
「なんですか?」
「ごめん逆になんですかってなんですか、と問いたい。私はあまりの唐突な発表に動揺を抑えられないまま、というか言葉を飲み込めないまま——」
「ちょ、ちょっとニアさん!? 地の文が漏れてますよ!?」
落ち着こうとしていたら、いつの間にやら次の授業まで残り僅かになっていた。
しかし、最早どうでもいいのでわぁ?
「ニアさん! そんなに異世界人ってヤバイんですか!?」
現在、この世に居る異世界人は五人しかいないらしい。
それくらいは知っているし、その数から非常に珍しいのだと言えるが、たしか……
「へえ、君って異世界人だったんだ」
横から誰か割り込んできたと思い見れば、指名手配中のイロハ先輩だった。
思わず手が出かけた。
「イロハ先輩、この子のこと知ってたんですか?」
「ああ、こないだ寮の場所が分からないって言ってたからね。それで案内しただけだよ、ね?」
「そうですね、私も名前聞きそびれてました」
「いやいや、気にしなくていいよ」
何度目になるのだろう、嫌な予感が止まらない。
「異世界人と言えばあれじゃないか、魔女殺しの彼ら」
そうだ、過去を見ても異世界人の多くは魔女殺しを掲げているのだ。
更に王都からの援助も受けつつだが、とてつもない力を振るうらしい。
「しかも筋力が凄いらしいね、常人の何倍もあるんだとか」
それは知らなかったので勿論私は驚くのだが、面白いことに隣の少女も驚いていた。
「私、強いんですかね?」
「まあ知らなくて当然さ。異世界人も、その力を解放する為には同じ異世界人から手解きを受けないといけないらしいからね」
つまり隣に居る少女は、いつの日か私なんて簡単に捻り潰せるくらい強くなってしまうということだ。
本当にそうだとしたら、本当にその日が来たのなら、最強の防壁を寝室で展開しなくてはいけなくなるということだ。
いや、ちょっと待て。
「え、アンタはどこから来たんだ?」
「そうですね……気付けば路地裏に捨てられていたのが最初の記憶ですかね」
私は彼女が全裸のまま路地裏に横たわる姿を想像し、直ちに危険信号を受信した。
「じゃあ、誰が君を拾ったんだい?」
「この学園の先生ですね」
なんでも、魔王を名乗る教師に拾われたらしい。
私はまだ詳しくないのだが、イロハ先輩が言うには『魔王先生』と呼ばれる教師もいるらしい。
それはあくまで他称だが、本人も気に入っているんだとか。
そう呼ばれる理由は諸説あり、例えば本人が魔族だからだとか、肝が据わっていたりとかあるらしいが、そのルーツを知る人がほとんど居ないので明確には言えないのだ。
「ちょっと待ってください」
何故、こんな世間話みたいな雰囲気になってしまったのだ。
定刻はもうすぐだよな?
「いやぁ、じゃあ頑張って!」
廊下を走り去る先輩の背中を見てると、なんだか腐った果物を投げ付けたくなる。
「とにかくニアさん、私は異世界人だから名前を知らない……らしいです!」
「らしいって言われてもな」
掘り下げたい部分は多々あるが、無駄に時間を浪費してしまった手前まずは走らなくてはいけなかった。なんだかんだで明日決闘をしなくてはいけないのだし、もうこれ以上頭を使いたくない。
周囲で熱狂していた数々の顔を思い出すと、彼らの期待を裏切った時の結果も想起できてしまう。
明日の決闘、きっとばっくれることはできないんだろうな。
次は火術学の授業だ。
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