第二章 第1話 日本での仕事

 今日も病院で仕事だ。どうやら、俺と有紀の関係もバレたようで、皆の視線が怖い‥‥‥。


外来のナースは今日もいつもと変わらない‥‥‥と思っていたが、

「先生! 聞きましたよ! 柏木先生とお付き合いしているんですよね? お目が高いです。流石です」


まさか、こんな所で褒められるとは‥‥‥で? 俺は何を褒められたのかな? 不思議そうにしている俺に外来ナースは溜息を吐く。


「まさか、先生。柏木グループをご存じない‥‥‥なんて事はないですよねー」

と凄まれる‥‥‥そんなのは知らん! 


「悪いが俺は日本はホントに久しぶりなんだ。それに、そう言うのし上がってやるぞ。みたいな気持ちはサラサラない。なので、何とかグループと言われても理解は出来ん」

呆れたように外来ナースは俺の顔を見る。


「そうですか、では先生。先生の白衣の下に着ているそのポロシャツは何処のメーカーですか?」


「これか? 俺は気安さ重視なんだ。これは、ユニシロだ。手頃な値段だが丈夫だ」


 俺はドヤ顔で言ってやった。どうせブランド好きなのだと思っていたのだろう。


 外来に居たナース全員が大きな溜息を吐く。?


「先生。そこの企業の株主は柏木グループなんですよ」


「株主? って。ええー! そんなに大きなグループなのか!」

 

 俺は呆れた顔をするナース達に

「皆は‥‥‥その事を知っていたって事だよなあ」


「当たり前です! 逆に知らないなんてそっちの方にビックリですよ」


 後ろから声がして振り返るとそこには外来師長がいて、ぴしゃりと師長にまで言われてしまった。いつの間に居たのか?


「何やら騒がしいので来てみたら‥‥‥そういう事なんですね」


呆れ顔の師長が、

「まあ、そんな事よりお仕事です。マルクス先生。ヘルプです。CKD外来から来て欲しいと言われましたよ」


「へえ珍しい所からだなあ。あそこは、ほぼ同じ患者を診ているはずだが‥‥‥分かった。後は宜しく!」

と言い、その外来に向かった。


「ああ! マルクス先生。良かった。ほら先ほどの患者を読んで来てくれ」

ナースは外来の待合室からその患者を連れて来た。


PCパットを取り出し何やら文字を打ち込んでいた。その文字に見覚えがあった。


俺は彼の母国語である“カンナダ語”でその質問に答える。


「大丈夫。貴方の国の言葉も文字も解りますよ」


と、不安そうな彼に話す。それに対して嬉しそうに笑顔になる。

CKD外来のドクターが俺に、

「どう思う? このデーダ。多分HD(透析)が必要だが、彼にこの事を伝えて欲しいんだ。肺にも水が溜まっている。きっと苦しいはずだ。よくここまで来れたよ」


 それを彼に伝える。

「どうしてこんなに腎臓の機能が悪くなるまで我慢していたんだ? 肺に水が溜まっている。ほらここね」

と、指を指して話す。


「母国ではちゃんと受診していたし、自分でも気を付けていたんだ。でも、最近仕事が増えて、食事もジャンクな物になっていまっていたから‥‥‥」


「そうか。ここ日本の透析は世界一と言ってもいい、透析といっても君の場合一時的な治療で済むと思うけど。しっかり水が抜けるまでここで治療すると良い。ちゃんと治療食を食べて元の体重になればその苦しいのも身体のだるさも無くなるだろう。それにインドの医療は進んでいる。臓器移植も向こうの方が早く出来るだろう?」


「その予定になっていました。お金に困っている訳ではありませんが、知人の仕事の手伝いに来ただけだったのです。それに‥‥‥」

と恥ずかしそうに下を向き


「日本の食事が美味しくてつい食べ過ぎてしまいました!」


「それ! 分かるよ! 俺も衝撃的だったからなあ!」

と、しばらく話してふと我に返る。外来ナースの冷たい視線‥‥‥。困った顔のドクター。しまった! 外来がストップしていた。これでは、診療時間が予定を押してしまう! 俺は深々と頭を下げて。

「すみません! 仕事そっちのけで話し込んでしまって!」


「それで? 彼は何と?」

CKDの担当のドクターが聞く。

「彼は臓器移植の予定が決まっているようです。母国に帰るまで日本での治療を受けると言ってますよ」


「それは良かった。では、入院の指示と今後の予定を後でカンファレンスで決めよう」

ふっとドクターは笑う。

「きっと母国語で話せて彼も嬉しかったのでしょう。入院先の病棟でも顔を見せてあげて下さい」


「それはもちろんです! 入院したらしっかりフォローしますよ! 任せて下さい」


彼に入院について話し、後から会話が出来るようにカードを作って渡す事を約束した。


戻ってくると。うちのナース達は外来に来た患者を上手く適切は診療科に送ってくれていた。


「どうでしたか? 先生」


「無事に終わったよ。済まないな、今回も君達に頼ってしまって。うちのナースやスタッフは優秀だから心配してなかったよ」


「もう慣れてますよ」

笑顔の外来スタッフ達。この人達に俺は支えられてもらっているんだよなあ。俺はさっそくカードを作り始める。


「先生何を作っているのですか? いつもの会話カードですか? 見た事ない文字ですね」


「そうだよ。さっき入院した患者に渡すんだ。入院中コミュニケーションが取れないと困るだろう?」


外来スタッフは興味深々で覗きに来る。

「これはな、カンナダ語だ。南インドのカルナータカ州の公用語。カンナダ文字という独特の文字が使われるんだよ。これは『ಕನ್ನಡ』「カンナダ」って読むんだ」


「わー! 全然解らない!」

外来で悲鳴が上がる。


「日本の文字だってABCを使う国からしたら同じだよ。中国語だって難しい。でも日本語はひらがな、カタカナなどあって学ぶ方にとっては難しいんだよ。それに一人称が沢山ある。私、僕、俺、わし、これも他の国からしたら不思議なんだよ」


皆が納得した所で診療時間が終わる。その後あの患者にカードを渡す。


「これで、入院中の会話で必要な言葉はこれで何とかなるよ。困った時は俺を呼んでくれて構わないから」


「ありがとうございます」

渡したカードを大事そうに抱えてくれる。その後彼は無事退院し自国に帰って行った。











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