第5話

「先生どうしたんですか?」

ここでも言われてしまった。


 俺は目が覚めた。頭が痛い、そうだった。俺は酒で潰れたんだっけ。そして有紀に介抱してもらい‥‥‥。何故? 有紀が隣でそれも同じベッドで寝ているんだ? ダメだ全然思い出せない‥‥‥

「マルク起きたの?」


 眠そうに目を開ける有紀。わわわわわ! どうしたらいい! 俺は!


「有紀。どうしてここで寝ているのかな?」

「あら、夜の事忘れちゃったの?」

「夜‥‥‥ですか‥‥‥」


「! 有紀! 俺、有紀の事噛んでないか?」

「噛む? 何よそれ」

 と笑っている。良かった。吸血はしてないようだ。まずほっとした。だが、この状況をどうする。


「私がシャワーから出たら貴方はこのベッドで爆睡していたわ。このベッドってクイーンサイズでしょう? だから、私もここにお邪魔させてもらったの」


 そうかそれなら問題ないな。ああ自分が酒臭い。


「有紀。俺シャワーしてくるからその間に着替えて出て行ってもいいぞ。昨日は、ほんと悪かった。この埋め合わせは必ずするから!」

 

 俺はそう言ってシャワーを浴びた。ダメだなあ。調子が狂う。だが、有紀の笑顔が見れたのは嬉しいな。‥‥‥? 何だこの感情は‥‥‥。

 

 まずいなあ。俺は有紀の事が気になっている。相手は人間だぞ! そう自分に言い聞かせる。今日も仕事があるんだ。しっかりしないと行けない! 自分の頬を手で挟むように叩く。パンパン。良し。とシャワーから出ると有紀は居なかった。良かった。俺も用意して行かないと、ふとテーブルに目をやると朝食の用意がされてあるではないか。テーブルに置かれたメモには『しっかり食べて下さい。昨日のお礼です』はあ~これはやられた。リックの言葉が頭の中で蘇る。


『人間を愛したっていいじゃないか。見送るのもそう悪くはないぞ』

嫌、俺はあの信長がこの世を去っただけでここまで気持ちを持ち直すのにどれだけかかったと思うんだ。それがもし自分が愛した者ならなおさらだ。立ち直るのにまた何百年かかるだろう。だが、俺自身の気持ちは押さえられないようだ。困った。


 その日の仕事は最悪だった。検査の指示ミス、処方ミス、どちらもナースから指摘されて助けてもらった。優秀なナースだ。

「マルクス先生、今日は変ですよ。こんなボンミスいつもなら無いのに。先生今日は帰った方がいいです!」

「だが、診察が‥‥‥」

「では、先生は今日はヘルプだけにしてもらいます。いいですね! ここに座っていてくださいよ!」

 と、診察室から出て行くナースに言われて少しへ込む。本当に優秀だな。というかミスを避ける為かも知れん。いかん、メンタルが可笑しいぞ。ここはナースの言う通り大人しくしていよう。そうしていたら外来診療時間は終わりその後は病棟の外国人患者の元に行く。そこでも病棟ナースに叱られてしまった。


「何でもないよ。ただの二日酔いだよ」


「それなら、点滴で二リットル程入れて身体に残ったアルコール出しますか?」

 何処かで聞いた声がする。その声の主の方に振り返る。有紀だ。

「あはは、君かあ。点滴など必要ないよ」


「今日は帰った方がいいですね」


「それ外来のナースにも言われた」

 と言って項垂れる。


「解りました。後は私がフォローしておきますからマルクス先生は早退届を出して帰宅して下さい」

 そうキッパリ言われると、流石に堪えるよ。色々と。トボトボと帰って行く後ろ姿に

「二日酔いでもマルクス先生はカッコイイと思いません? あの後ろ姿に哀愁すら感じませんか?」

 と病棟ナースが言う。ステーションにいたスタッフ全員が皆頷いていた。


 結局帰宅する事になってしまい、時間を持て余していた。そうだ! リックに相談するか、電話をかける。


「おっどうした?」


「リック。ちゃんとジャックに言ってくれたんだよな、また、粗相をした者がいてこっちでは問題になっている」


「可笑しいなあ、言ってあるんだが後で確認しておくよ。それよりどうだ、日本いいだろう! オタクの聖地だぞ!」


「リック。それより俺、やばいわ。どうしよう」


「なんだお前らしくない。誰か気になる女でも出来たか? なあ」


「! おい! リック何故解る」


「どれだけ一緒にいる思っているんだ、声を聞けば解るさ。お前はそういう事に関して今まで全て背を向けて来た。向き合ってみろよ。いい機会じゃないか。その人間がお前の正体を知って恐れるなら記憶を消せばいい。お前には出来るだろう。それに眷属けんぞくにするって事も純血種のお前に出来るんだ。見送るのが嫌ならそうすればいい」


 向き合う‥‥‥か。


「そうだな。頑張ってみるかな、自信はないが‥‥‥もしフラれたら慰めてくれよ」


「ちょっとは自信持てよ。お前は良い奴だ。これまでだって幾らでもチャンスはあったのにお前自身がそれを受け入れなかったからここまで来たんだ。応援してるぜ。ウルフマンの事もこちらでも聞いておいてやる」


 電話を切って考える。リックお前は昔から人間を愛していたからな。見送る時も笑顔で、相手も満足そうに笑っていたっけ。そんなお前を俺はいつも羨ましく思っていたんだぞ。それを俺が出来るか? 信長の時でさえこんなに時間がかかったんだ。正直自信はない。


‥‥‥血が欲しい。そういえば仕事が忙しくて飲んでなかったな。また夜になったら外に出て探すか。廃棄用の輸血パックも切れていたから何とか確保しないと行けないなあ。うーん! やっぱり血が欲しい。外へ行って探すか。もう外も暗くなって来たからな。そこでインターホンが鳴った。

 

 そこに写っているのは有紀だ! ダメだ今は血に飢えているこんな時に逢ったら俺は自分を押さえる自信がない。居留守を使わせてもらおう、悪いな。と次にスマホが鳴った。つい出てしまった‥‥‥

「マルク。大丈夫?」

 やっぱり有紀だ。

「ああ、大丈夫だよ。たかが二日酔いだ。アルコールが抜けたら問題ないよ。心配させて悪い」

 そう言って電話を切ろうとすると有紀の大きな声がスマホから聞こえる。


「マルク! ここを開けなさい!」

 はあ‥‥‥仕方ない、早々に帰って頂こう。


「解ったから、そんなに大きな声を出さないでくれ頭に響く」


 ロックを解除してドアを開ける。程なくして玄関のインターホンが鳴る。玄関のドアを開けると有紀の心配そうな顔が俺の目に映る。


「マルク入るわよ」

 と入って来た。


「そこに横になって」

 ソファーを指で指す。? 何かごそごそとバックから取り出す。


「うちのクリニックから持ってきたわ」

 とそこには点滴が‥‥‥


「あのー有紀、これは、何かな?」


「見ての通りソルラクトよ」


「それは解るんだが、何故ここにあるのかな?」


「貴方に使う為に持って来たわ。早く横になってルート確保しておくからトイレは大丈夫よ」

 と言ってテキパキと準備して行く。諦めてソファーに寝る。


「うん! 相変わらず立派な血管だわ」

 結局点滴をされてしまった。点滴中、有紀がキッチンで何かやっている。

部屋も片付けられてキレイになった。俺は何度かトイレに行く羽目になった。


「もう大丈夫ね。顔色も良くなった」


「何だか訪問診療されている患者になっている気分だよ」


「訪問診療です。医療費は頂きませんから安心して下さい」

 ふふっとあの眩しい笑顔を向ける。いかん理性が吹き飛びそうだ。


「ありがとう。後は何とかできそうだ」

「キッチンにお粥を用意して置いたから食べてね」

 と玄関に向かう有紀の後ろ姿を見ていたら不思議な気分になる。俺は有紀を玄関で見送るはずだった。が、俺は後ろから有紀を抱きしめていた。


「マルク‥‥‥」

 そう俺の名前を言う唇を自分の唇と重ねた。キスなんて初めてではないのに自分の心臓がうるさい。有紀は驚いたように俺を見つめる。


「有紀。君の事が好きだ」

 そう言ってもう一度抱きしめた。俺の飢えが喉の渇きが有紀の匂いに反応してその首筋に口づけを落とす。そこでドンと有紀が俺の身体を押し身体が離れる。ハッと我に返った。危ない思わず噛んでしまう所だった。

「今日は帰るわ。お大事に」

 玄関のドアが閉まる。







 

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