2 単純な話

 俺はまた屋上にきてしまった。


「おや?また君か。今日はどうしたんだい?」


「理由がなければ屋上にきてはいけないのか?」


 芽々は少し考え込むと、鈴の音のようにころころと笑った。


「いや、別にいいと思う。屋上は私だけのものじゃないし、観客がいた方が張り合いがあるからね」


 泰治はその言葉を聞いてほっとした。邪魔だ、今すぐ屋上から去れ、なんて言われたらどうしようかと思っていた。


 しかし、本当は理由があった。


 泰治は屋上にきた目的を、顔を赤くしながら、この少女に問いかける。


「名前……」


 女の子の名前を聞くのは、初めての経験で恥ずかしかった。


「名前?ああ、私の名前?」


 泰治は顔を背けながらも、コクりと頷いた。


「君は、顔に似合わず可愛いとこあるんだね」


 康治はぼっと顔全体を赤く染めて、顔を両手で包み隠した。


 そんな康治をニヤニヤしながら、この少女はしばらく眺めていた。


 康治は顔を赤くしながら、膝がガクガクと震えだした。意地悪はこの辺りで止めよう。可哀想になってきた。


「私の名前は、九志波芽々。芽々の芽は、始まりや兆しを意味している。君の名前は、村谷泰治君だよね」


 まだ少し顔は赤いが、なんとか感情を落ち着けた康治は、疑問を口にする。


「どうして俺の名前を知ってるんだ?」


「君もまた、この学校では有名人だからね」


「ん?特になにかした覚えがないのだが?」


「『保健室の不良』ってあだ名が付くくらいには、有名人だよ?」


「保健室の不良!」


 影でそんなあだ名を付けられていたとは、学校には知人もおらず、話し相手は保健室の教諭くらいなので、康治には知る由もなかった。


「噂で聞いた君の特徴から、君は村谷康治君だと推理したわけさ」


 なるほど、九志波は、最初から俺のことをわかって喋っていたのか。


「それに今は授業中だよ。教室にいない生徒であり、屋上にくるような人物は、興味本位、もしくは変わり者か、私に注意をしにくる大人だけだから」


「確かにそうだが、この間は俺のことを変じゃないって言わなかったか?」


 俺は、興味本位でここにいるわけじゃない。なら俺は変わり者ということになる。


 変わり者って変人ってことだよな。


「そうだね。だけど、私達は周りから見れば変わり者だよ。その認識は変わることはない」


「矛盾してないか?」


 芽々はうんっと頷いた。


「周りとペースを合わせない、周りと行動を合わせない、周りと話を合わせない、それは攻撃対象にされるからね」


「そんなのおかしいだろ」


「うん。だけど君も、その経験があるんじゃないかい?」


 言葉が出てこなかった。過去を振り返れば、思い出したくない記憶が渦を巻く。


「しかし、私から見れば、君は変わり者じゃないってことだよ。ただそれだけの話さ」


 俺は誰かに認めてほしかったのだろうか。


 その日は、自宅のベッドで声を殺して泣いた。

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