1 世界はシンプルであれ

 つまんねー。学校とか来る意味があるのか?


 今は学校の授業中である。俺は授業をサボって保健室で寝ていた。


村谷泰治むらたにやすはる君、またサボり?」


 保健室の先生である屋島緑やしまみどりは、出来の悪い生徒を諭すように問いかける。


「サボりじゃないです。お腹が痛くて」


「あらあら、お腹が弱いのね。毎日お腹が痛いなんて」


「俺は生まれてこの方、体が弱くって」


「そういうことにしておくわ」


 屋島緑はため息を吐きながら、呆れたように言う。


「暑いので窓開けていいですか?」


「構わないけど、開けすぎないでね」


「はーい」


 窓を開けると風と共に音楽が聞こえた。


「ん?何か聞こえません?」


「ああ、またあの娘ね」


「あの娘?」


「学校に来ては、屋上でギターを弾いて歌う変わった娘よ」


「へー?」


 その音楽をBGMとして聴いていると、何だか暖かくて寝てしまった。


 起きると夕方で、急いで家に帰って、ゲームをして、飯を食べて、風呂には入り、寝た。


 次の日、遅刻をした。どうせ保健室に行くから関係ないけど。


 校門をくぐると、またあの音楽が聞こえた。


 保健室の扉を開けようと手を伸ばそうとして、手を引っ込める。


 もっと近くで、あの音楽を聴いてみたい。俺の足は自然と音の鳴る方へ引き寄せられた。


 気がつけば、屋上への階段を上がり、ドアの前だった。


 音はもう目の前だ。


 ドアを開けると、胡座をかいて目を瞑り、ギターを弾いて歌う黒髪のアホ毛少女がいた。


「ねえ、君は太陽は好き?」


「え!?」


 突然少女から話しかけられて驚いていると。


「私はね、太陽も音楽も好きなんだ」


 少女は、ガラス玉のような黒く澄んだ瞳を開いた。


 ホントに変わった奴だな。音楽はわかるが、太陽?


「君とってもつまらなさそうな顔をしているね?」


「つまらないからしょうがないだろ。お前は楽しいのか?」


「私は楽しいよ、今しかできないことをするためにここにいるんだ」


「何で学校なんかが楽しいと思えるんだよ?来る必要はないだろ」


「学校がつまらない、来たくないのなら来なくていいと思う」


「はっ?」


「通信制の学校もあるし、学校に来なくても卒業はできるからさ」


 学校の教師や両親、友達にそんなことを言う奴はいなかった。何なんだこいつ?


 学校は「知識を学ぶ」「人間関係を学ぶ」「学歴を作って就職に有利にする」「嫌な事や不条理な事でもできるようになる耐性をつける」ためじゃないのか?


「それは大人の考え方だね」


「大人の考え方?」


『知識を学ぶのに学校に行く必要はないよね?今の時代、欲しい知識なんてインターネットで調べればいくらでも得られるよ?』


『人間関係を学ぶのが学校である必要はないと思う。同じ年代の集まった狭い世界で、一体何を学べるというの?』


『学歴を作って就職を有利にする……さっきも言ったけど、学校に来なくても学校は卒業できるからさ。それに就職をすることが全てではないと思う』


『嫌な事や不条理な事でもできるようになる耐性をつける……それはつまり、学校は嫌なことや不条理を与える場所ってことだよね』


『嫌なことや不条理を与える世界の方が間違ってるんじゃない?』


『いい学校、いい会社に行くのが夢なら、学校に通うのに意味があるし、それでいいんじゃない』


『フランスの哲学者、ブレーズ・パスカルの言葉を借りれば、人間はつねに、自分に理解できない事柄はなんでも否定したがるものである』


『日本で学校を通わない人間は、大抵は理解されないし、否定される側』


『人に理解されなくとも、それを続ける強さ。それは、賞賛されるべきものであり、馬鹿にしていいものではないよ』


『叶えたい夢があって、それを叶えるのに学校が不要なら、学校なんて行く必要はないと、私は思う』


『それに日本の学校には、日本独自のよくわからないルールやマナーがたくさんある。そういうのが嫌だって人も多いよ』


「だけど、誰もがそれを常識だと考える中で、疑問符を感じた君は凄いよ」


「ただのひねくれ者だと思うが」


 学校を楽しいと思ったことはないし、俺にとっては、それが普通のことだ。

 

「違うよ、そんなことはない。大人や両親、先生の言葉が全て正しいと、疑問を持たない機械的な人間よりずっとまし」


「それって変じゃないの?」


「変じゃないよ。君は好きなことはないの?」


「俺は……好きな作家がいるんだけど、自分の作品が面白いのかわからないって。ずっと悩んでるみたいで、どう伝えればいいのかわからなくて」


 どうしてこの少女に、それを話したのか。自分でもよくわからなかった。しかし、その時は明るい気持ちになっていたのは確かだ。


「彼は幸せにものだね。例えば、君以外の人類の全てが、彼の小説を面白くないと言っても、君が面白いのなら、それは面白いものだよ」


 少女の言葉がすっと入ってきた。優しく明るい言葉。何だか救われた気がした。


「頑張ってね」


「ありがとう」


 それが、九志波芽々くしばめめとの初めての出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る