第四十二話 曖昧な優しさ。

 「ありがとう、嬉しい。」


 やっと出した言葉がそれだった。

淡藤がいるから気持ちに応えてあげることはできないけど、冴月さつきを見放さない為になんとか言った言葉。


「あっそ、それならまあ……、良しとするわ。」


 冴月はそう言うと立ち上がってドアを開けた。

その一連の行動や様子からでは冴月がどんな気持ちでいるのかは窺えなかった。

でも、僕にはなんだか悲しそうにみえた。罪悪感かな。


 冴月は振り返ると、やっぱりなんでもないみたいな明るい様子で言った。


 「今日のご用件は以上でよろしいかしら?」


 要は用件が済んだんだから帰れば、ということなんだろう。

話も聞けたし、延々と居座る理由もないし、帰ろう。


 「じゃあ、また学校で、凛音りんねと海うみも心配してた。」


 まあ実際のところ海に関しては心配の域を超えてブチギレていたわけなんだけど。

そんなことを言ってまた来たくなくなるなんてことがあったら大変なので心に留めておくことにした。


 「あー、言ったらなんやかんや言われるんだろうなー。こえー。」


 冴月はこんなことを言ってるけど、その顔はさっきよりも明るく晴れやかに見えた。主観だけど。






 そんなこんなで色々あった桔梗ききょう家を後にした。

扉を開けて外に出ると、西の方角から差す夕日に目を細める。

街を見て綺麗だなんて感想を持ったのは久しぶりだ。

夕日の光を浴びた街はクレヨンで塗ったみたいに真っ赤に染まって、瞼まぶたの間から見える景色は特別明るく美しく映った。


 「気を張って疲れた。」


 ーーブブブ。


 歩き出した直後にスマートフォンが震えた。

なんか出鼻を挫かれた気分、まあそんなに大したことじゃないけどさ。


 「ーーあ……、あー、そうでした。」


 連絡は塾の担任からだった。

内容は要約すると、


 『なんで無断で休んでるんだ、やる気あんのか?来いや。』


 もちろんこんな言葉遣いは一切ないけど、うちの担任は顔だけ見たらまともな仕事をしていなさそうだから丁寧な文面でも威圧感がすんごい。


 疲れたから行きたくないけど、適当な理由をつけて休むとそれが癖になりそうだから行くことにした。


 「それにしても綺麗だな。」


 塾に向かう道はさっきより少しだけ暗くなっていたが、そんなことを気にするほど暗い気持ちは持ち合わせていなかった。

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