第三十三話 再起の兆し。

 ひとしきりお兄ちゃん呼びを揶揄った後に、もう一度経緯を聞いた。

母さんはれんと僕の様子がまた悪化したのを見てとって、蓮に何があったか問い詰めたらしい。

相変わらず子供のことはよく気がつく。


 「じゃあ母さんに怒られてお兄ちゃんって呼べって言われたんだ?」


 「違うって。別に怒られてしたわけじゃない、お兄ちゃんって呼んでみたらって提案はされたけど。」


 「なるほど、わかった。」


 それから少しの間、二人とも口を開かないまま時間が過ぎた。

時間にして1分に届くかどうかくらいだったけど、くすぐったくなるような、落ち着くような、そんな空気が二人の間で随分長く続いている気がして、不思議な時間だった。


 「座っていい?」


 「うん。」


 蓮は椅子に座ると僕に向き直る。

それから静かにゆっくり自分で自分の言葉を確かめるように話し出した。


 「あのさ、私最近……、あんまりうまく行ってなくて。部活とか。」


 「うん。なんとなくわかる。」


 「だからごめん、つむ……お兄ちゃんにあたってた。」


 「いや、僕もしつこくお節介なこと言い過ぎた。もう陸上はやんないの?」


 今までは陸上に復帰するとばかり思って応援したいと思っていたが、それこそ余計なお世話だったのかもしれない。

本人が他にやりたい事を見つけたり、見つけようとしているなら、それを兄として助けてあげたい。


 「ーーいや、やる。」


 「そっか、頑張って。応援してる。」


 「ありがと。」


 そこから二人で黙って座っていた。

蓮は憑き物が落ちたようなスッキリした顔をしていた。

それを見て、陸上を続けると断言した妹を見て、どこかホッとしていた。

この気持ちは……、あれに似ている。ピンチのヒーローが立ち上がった時の気持ち。


 「じゃあ私もう寝るね、おやすみ。」


 「おやすみ。」


 蓮が部屋を出た後、電話の誘いを保留していた淡藤あわふじに一時間ほど待っていてほしいと連絡して、部屋の隅に置いてあったギターを肩からかけた。

どうしてそんなことをしたのか、自分にもよく分からない。

けど、今はただただ練習したい気分だった。

しなきゃいけないような気がした、熱を持った何かがお腹の下のあたりからグングン押し上げられる様な。


 気持ちが落ち着くまで練習を続けた。

久しぶりに練習で指の皮がボロボロになった。

僕にはそれがなんだか誇らしく思える。

 

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