第六話 朝靄と夕霧。

 あれから何日か経った。

淡藤あわふじも毎日来られる訳ではないけど、できる限り来てくれる。

そのおかげでれんも機嫌がよくて僕も気が楽だ。

それでも僕が手を貸す日はキツい言葉をかけられるけど。


 「つむぎ、明日病院行くけどあわちゃんいないからよろしく。忘れてないよね?」

 「わかってるって。」


 淡藤は明日何か用事があるらしい。

今までも何度か診察を受けたが、明日は中央病院で怪我の様子を見て問題がなければ春休みのうちに手術をする。


 「ごめんね。蓮ちゃん、お母さんがついていってあげたいんだけど。」

 「いいよ、お母さん忙しいし。でもついてくるのが紬じゃ一人より不安だわ。」


 夜話しているとすぐこうだ。

喧嘩になるのがめんどくさいから無視するけどいつまでこんなこと言われなきゃいけないんだろ。

こんな性格だから怪我なんかするんだ。報いだろ。

まあこんなこと本人に言うと殺される。


 「紬もごめんね。」

 「いいよ別に。時間あるし。」

 「どうせ暇だもんねー。」


 無視だ無視。

このまま話しててもストレスが溜まるだけだし、今日はもう寝よう。







 「おはよう。」

 「おはよう。」


 こんな妹も挨拶だけはしっかりする。

最近になって妹を見ることで教育の大切さを実感している。

母は偉大なり。


 「蓮、もう出られる?」


 食パンにジャムを塗った簡単な朝ごはんと身支度を済ませて部屋にいる蓮に声を掛ける。


 「うん。今行く。」

 「じゃあタクシー呼ぶわ。」


 余計なことを言われるかと思ってたけど、そんなことにはならなかった。






 しばらく待って到着したタクシーに二人で乗り込む。


 「中央病院までお願いします。」

 

 病院までの道のり、蓮と僕は何も話さなかった。







 「ありがとうございました。」

 

 空はどんより鈍色に染まっている。

最近ずっと天気が悪くて、春なのにもったいない。

蓮がタクシーから降りるのを手伝って、受付を済ませる。

少しすると看護師さんがきて、先に検査をするために蓮を連れて行った。

待合室にいる間も蓮は何も話さなかった。

忙しなく周りを見たり、スマートフォンを見たりを繰り返している。


 「どうかした?」

 「なんでもない。」


 いつもの蓮ならここに罵倒の言葉をトッピングしてくるのに、今日は無し。


 「緊張してんの?」

 「は?別にそんな」

 「霞さーん、霞蓮さーん。」


 蓮は何か言いかけたけど、診察室に呼ばれた。

その部屋は相変わらず真っ白で、なんとなく息苦しい気がする。


 「検査の結果を見ても問題ないようですので、予定通りの日程で手術しましょう。」

 「……はい。」


 この先生落ち着いてるな、当たり前か。

その後も先生は淡々と手術後の予定なんかを説明してその日は終わり。






 「蓮、手術怖いの?」


 タクシーでの帰り道、蓮に気になっていた事を聞いた。


 「別に。どうせ麻酔してるし。」

 「いや、だって今日ずっと静かだし、手術の話聞いてる時も力入ってたじゃん。」

 「うるさい!なんでわざわざそんなこと聞いてくんの!?」

 「心配してやってんじゃん!」

 「は!?なにそれ、キモすぎ。」


 なんなんだよこいつ!人が心配してやってんのに。それなのにキモい!?そんな言い草、可愛くない!


 それからは二人とも黙って帰った。

蓮をタクシーからおろして、そのまま部屋に戻る。

だけどしばらくして、胸に靄がかかった感じがして、蓮と近くにいるのが気まずくなって家を出た。

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