第三話 我が家のヒビ。

 「じゃあ、先に家に戻ってます。」


 診察が終わった後、陸上部顧問の佐々木先生に挨拶をして、真っ白な病院を出る。

妹のれんを歩いて帰らせる訳にも行かないし、僕は自転車で来てしまった。

足の処置が終わってから、佐々木先生が車で家まで送ってくれるとおっしゃるから、ありがたく甘えさせていただいこう。


「なんか、疲れたな。外暗いし。」


 昼過ぎに家を出たが、帰る頃には真っ暗だった。

月も雲がかかって見えない。




 行きと同じ道のりを自転車で帰る。

妹と先生の到着を待つ間、母に連絡しようとして、やめた。


 「もう蓮も病院から帰ってきちゃうし、話すのは帰ってきてからでもいいだろ。」


 ーーガチャ。


 「ただいま。」

 「おかえり。」


 蓮が帰ってきた。

普段、特別会話をするわけではないが、挨拶だけはしっかりしろと母から教え込まれている。

最近は、お互い干渉しなくなったから、喧嘩もほとんど無い。


 「先生、ありがとうございました。」

 「そんな。いいのよ。蓮も、怪我を防げなくてごめんね。」

 「いえ、大丈夫です。……すみません。」

 「謝るのはこっちの方だから、頑張って治療して、また陸上やろうね。」

 「はい。」


 返事をした妹は、案外元気そうだった。

蓮は、先生が帰るとすぐに部屋に戻ってしまった。






 「ただいまー。」

 「おかえり。」


 いつもの通りの良い声で看護師の母、霞 環かすみ たまきが帰りを知らせる。


 「今日も大変だったー。急な患者さん来ちゃってさ。」


 ……蓮、無理だろうな。


 「お母さん、蓮の事なんだけどさ。」

 「蓮ちゃん?」

 「うん。あのさ……。」


 今日起きた事を話した。

母は蓮が怪我をしたという事を聞いた途端に顔を歪ませた。


 「なんで病院の方に電話しないの!?」

 「蓮がやめてって言っ」

 「つむぎっ!」

 「嘘じゃないって!」

 「嘘かどうかなんて聞いてない!……はぁ。蓮ちゃんは部屋にいるの?」

 「うん。」


 母はため息をついて居間を出て行った。

なんで俺が叱られなきゃいけないんだよ。言うなって言ったのは蓮なのに。


 「ふざけんな。」


 部屋に戻ってしばらくスマートフォンを見ていると、隣の蓮の部屋から妹の大きな声と物が壁に当たる音が聞こえた。


 それからまたしばらくして、


 ーーコンコンコン。


 部屋の扉がノックされた。


 「紬、入るよ。」


 母さんの声がして、扉が開いた。


 「あのさ紬、蓮ちゃん、怪我してるじゃん?だから普段の生活も大変でしょ。

でもさ、お母さんお仕事休めないからさ、」

 「世話すればいいんでしょ。」

 「ありがとう。お願いね。」


 母はお休みと声をかけて部屋を出て行った。

高校生の妹を世話してやらなきゃいけないのか。

明日から貴族の優雅な暮らしは侍従の忙しい暮らしに一変しそうだ。


 「相変わらず曇ってる。」


 なんとなく見た空には、厚い雲があるだけだった。

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