第4話 対面

 翌日の昼。すっかり寝坊した私がひとまず身なりを整えようとすると、ドアにノックの音がした。案の定、それは田中剣だった。私は震えあがった。この状態の私の外見を見られるのはまだいい。最悪この場で鍵を開けてその後襲われたとしても正直なところそれは大した問題ではない。いや人生に関わる重大な問題なのだがそれよりも今この部屋の中を見られるわけには・・・。よく思い返してみると田中剣はショーの最中、食い入るように私のことを見つめていたではないか。最初から彼は下心を持っていたのだ!私はどうしてこんなに愚かなんだろう!


 「あっ、部屋の鍵を開けっぱなしだった・・・。」


 これはダメだ。もうおしまいだ。このドアは間違いなく思い切りよく開かれ、私の秘密はこの青年実業家の知る所となってしまうのだ。そうしてその後金で黙らされてしまうに違いない。私の人生は終わりだ。そういった私の焦りに反して、ドアは閉じたままだった。


 「朝食も食べておられず、用意した昼ごはんも食べに降りられてない、フロントもあなたを見てないということで心配になりまして・・・。」


 その後、恐る恐るドア越しに話してみると、どうやら私は田中剣という人物を誤解していたことが分かった。まず田中剣は鍵を閉め、チェーンをかけさせてくれた。どうやら昨晩の私は相当に疲れた外見をしていたらしく、ホテルの部屋が予約されていたのもそういった気づかいだという。それにしても、高級ホテルの部屋を三日連続で予約することが可能なのだろうか?不審に思って聞くと、そもそも自分自身が予約していた部屋を私に譲ったのだというではないか。何故私にそこまでするのか。私は田中剣という男性に強く興味を持ちだしていた。いや、寧ろ全てを明かしてもいいのではないだろうか?



 

 田中剣、人生最大の緊張の瞬間だ。恐ろしいことになった。何の因果か、2日目の夜に、鈴木優子の側から部屋に招かれてしまった。いかなる時でも堂々と振る舞い、相手に好印象を与えるという、演劇から学んだことをモットーに成功を掴んできたとはいえ、相手が鈴木優子というのは全く話が違うのだ。確かに僕は鈴木優子のことをよく知っている。しかしそれはマジシャンとしての鈴木優子であって、人間鈴木優子

ではない。今回はあくまで接点を作ろうと思っただけなのだ。しかし、この機会を逃したら、僕の疑問はいつまで残り続けるかわからない。高級ホテルの机を挟んで、僕は口を開いた。


 「あなたのマジックには、タネがありませんね?」

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