第2話 わからないトリック
僕は田中剣、マジックショーを見ることが好きな大学生だ。しかし最近ではある一人のマジシャンを追いかけることをやめられない。そのマジシャンの名前は、鈴木優子だ。
僕と彼女との出会いは、ある大きなホールで開かれていた複数人のマジシャンによる合同ショーを見に行ったことに始まる。その時は世界的に有名なマジシャンであるサイコハンド・マイケルの万物空中浮遊マジックをこの目で確かめるため、中学の夏休みの一日を使い、電車に揺られたのを覚えている。鈴木優子はそのサイコハンド・マイケルの後の、言ってしまえば本命が終わった後の余興の枠として、配られていたチラシの下のほうに載っていたに過ぎなかった。
そもそも僕がマジックショーを見に行く目的というのは、手品が好きということもあるが、それ以上にマジシャンという職業の演技力というものが僕にとって大いに参考になるからだ。僕が当時所属し、今も所属している演劇部。役になり切り、観客に演じる行為を提供することに全力を注ぐという点が、一流のマジシャンと共通すると少なくとも僕は考えている。奇術部と演劇部、そのどちらに所属するのかどうしても答えが出ず、両方に体験入部を行い、かつ自分の演劇にマジックを演出として盛り込む程度には。
だから初めてそこで鈴木優子を見た時、僕はとてもがっかりした。確かに触れ込み通り美人ではあるが、ステージに上がった時点で緊張し、場数を踏んでいないことが一目でわかる。ショーの責任者はどうしてこの子を最後に置いたんだ?大方数合わせのために呼んできたが扱いに困ったか、サイコハンド・マイケルのギャラが足りなかったに違いない。そう思っていた。
しかし、彼女のマジックというのは、どうにも人を引き付ける魅力があった。もしかしたらその頃から実は一種のカリスマを持っていたのか、それはわからない。しかし、自分なりに真剣にマジックと触れてきた僕には、帰りの列車の中でその理由がわかった。やっているマジックは平凡だが、マジックのタネが全くの別物なのだ。だから次にテレビ番組の対決企画で彼女のマジックのタネが全く明らかにならなかったのを見て、僕は確信した。サイコハンド・マイケルは一流だ。そして弟子として紹介されていた彼女も本物なのだと。その時の様子を今でも思い出せる。
《サイコハンド・マイケルさん!どうもありがとうございました!本日のラストに参りますのは、なんと彼の弟子!若き新人女子高校生の奇術師!鈴木優子!皆様、新たな才能へのエールをよろしくお願いします!!》
「今日は、よ、よろしくお願いします。ここにトランプのカードがあって・・・これをこうすると!裏面がきれいな青い海から!赤い花になったり!赤い海になったり!
青い花になります!」
カードの背中が2種類、2通りに変化するというのか。シンプルだが取り換えるとしてカードが4種類必要なのか?それとも見せ方を工夫して・・・?なんか今赤と青のカードが落ちたぞ!?
「あっ、落としちゃった!ちょっと色が変わりかけでしたね!」
観客から暖かな笑いが漏れる。手品の腕はともかく、このマジシャンは人を引き付ける才能があった。
その後しばらくして、最後に彼女はコインの貫通マジックを行おうとしていた。瓶の裏にコインを載せ、コインが瓶の中に貫通する定番のマジックだ。もちろん僕はトリックを理解している。無粋だから言わないが。
「コインがこうやって瓶を手で叩くと貫通します!・・・あれ、ちょっと待ってくださいね。おかしいな。すみません!皆さん応援をしてください!3,2,1,えいっ!貫通しました!」
確かにサイコハンド・マイケルのポルターガイスト・イリュージョンに比べれば派手さに欠けるかもしれないが、確かに魅力的なラストのショーに観客は満足して帰っていったようだ。
この何の変哲もないショーから数年して、すっかり堂に入った彼女はSNSでバズり、有名になっていく。しかし僕はこの日のショーを忘れることができなかった。
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