第12話 ビールさんへ
「あんた、このチャンス逃したら、終わりだよ」
一瞬、どこの老人からの電話だろうと思ったが、口調はセツナさんそのものだった。
姿と声が結びつかなくて、頭の中が変になりそうだった。
やっぱりあのネットカフェに行く。もう一度、行く。
私は、急用を告げて家族とそのまま別れた。
大急ぎで家に帰って、着替えて、走った。
セツナさんはトイレ前にいた。大男も一緒だった。
「遅かったなあ」
と、大男のほうが言った。
「ビールさん、帰っちゃいましたか?」と私が肩を落とすと、「帰ってないわよ」とセツナさんは地図のソファーコーナーを指さしながら言った。
「あのソファーのところ……」
「そう。どうする、会う時」
「どうするって……」
この場所に辿り着くまで、自分が何も考えてないことに気が付いた。
ビールさんと会った時、もしかしたら、ビールさんはこれ以上自分のところに踏み込まないで欲しいと、話しかける間もなく拒否するかもしれない。
「遠くから眺めるだけに……」
と、言いかけると、セツナさんが首を振った。
「ずっと逢えなくなる人はいるのよ。これは先輩からのアドバイス。恥ずかしがったり、遠慮してね、私みたいに……」
私にとってのビールさんは……私自身が大きなものを失う前に、最後に会った人だった。
自分が、あの瞬間から変わったことを伝えたかった。あの時、あなたとキスをして、あの後、私は家族を失った。けれど、それを伝えてどうなるというのだろう。ビールさんからしたら迷惑極まりないだろう。
何も言わないでいる私に、「そう」と、セツナさんは横を向いた。
私はその横顔を真っ直ぐ見た。
「行ってきたら? 私は全然、若い人に、何か言える人じゃないけど」
「俺も行くよ。ビールさん、どんな人か見てみたいし」
「私はここで待ってるから」
セツナさんは腕組みしていた。
「私の時は二度と会えなかったわよ」
セツナさんは厳しい口調で言った。
大男が歩き始める。
私は自分の気持ちが定まらないまま、その大男の背中について行った。
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