第3話 名前

 布団の中で、幾度もトイレの中の思い出を反芻した。

 クーラーがきついくらい効いた自室の中で、一人悶えていると、出勤時間を知らせるアラームがなった。


 スウェットとパンツの組み合わせで、上から下までGU。簡単に化粧を済ませて、ママチャリを漕いで出勤する。

 先輩たちからお悔やみの言葉をいただいた。妙にかしこまってしまう。こっちのほうが緊張してしまい、いえいえ、平気ですから、みたいな頷き方をする。

 儀礼的なことをすると、大人になれた気がする。

 働いている最中は姉もビールさんも忘れられた。


 休憩中、姪っ子のことを考えた。彼女の心の中は真っ暗闇だった。

 寂しいのか、頑張っているのか、天国の姉に見守られているのか、想像がつかない。

 姉は、自分があれだけ闘病していたのに、まず第一に人の心配をする人だった。


 居酒屋のバイトを終えて、公園に立ち寄った。女装は人数が少し減って、大きな体格の男が増えていた。

 私はあの時のように遠巻きに眺めただけだった。

 目を凝らしたけれど、ビールさんはいなかった。


 名前がわからないまま、結局冬が近くなってしまい、公園の集まりはいつの間にかなくなってしまった。

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