第7話 訪問者
昼休み、わたしがいつものように保健室でだらだらと過ごしていると、入り口からこちらを恐る恐る覗く生徒がいた。
「先生、あの子怪我したんじゃない?」
文原先生は机上のプリントをじっ、と見つめてなにやら思案していたようで、わたしの声でようやく顔を上げた。普段は視野が広い人なのに珍しい。
「…ああ、本当だ。君、どうしたの?」
先生が生徒の方へ駆け寄る。
「あ、あの。さっきちょっと捻挫っぽい感じになってしまって…」
足首を気にしながら、生徒は保健室へ入り、鏡の前の椅子に座った。
わたしは本当は気づいていたけれど、気づいていないふりをしていた。でも、もうお互いに顔を確認してしまったので誤魔化しようがない。
「…
わたしはぼんやりと緊張しながら—「ぼんやり」と「緊張」なんて並べるのはおかしいけれど、まさにそういうように、わたしは阿川さんを見る。
阿川さんは座っていて、わたしは立っているから、必然的に見下ろす形になってしまう。それがとても心地悪い。
「…
阿川さんもきっと同じような心持ちなのだろう。
気不味い沈黙が流れるのをよそに、文原先生は何やら棚をごそごそと漁っている。
「ああ、二人は知り合いなんだね? ええと、阿川さんっていったかな。保健室利用証書いといてくれる? わからないようだったら、久野さんに訊いて」
わたしは阿川さんに無言で鉛筆と紙を渡す。阿川さんも無言で受け取る。
文原先生による処置が終わり、阿川さんはここから出ていこうとする。しかし、部屋と廊下との境目を渡ろうとしたとき、ぴたりと止まった。くるりとこちらを向く。
「…久野、あんたも大変だよね。でも、学校来ててよかった。ずっと、…ちょっと気にしてたんだ」
わたしは何と答えたらよいかわからず、何も言わずにうなづいた。
阿川さんがふっ、と笑う。彼女の体の空気が一気に漏れる。すっ、とわたしの元へ近づき、耳打ちしてきた。
「保健室の先生、ちょっとかっこいいじゃん。……好きなんでしょ?」
「え、なっ」
わたしは反射的に耳を塞ぐ。わたしの反応を楽しんだかのように笑みを浮かべ、阿川さんはすたすたとどこかへ歩いていった。捻挫しているのにどうしてそんなにすたすた歩けるのだ。
文原先生は相変わらず素知らぬ様子でわたしを見ている。
「…友達?」
首をかくん、と傾げている。ああ、なんなんだこの気持ち。
「…そうかも」
先生がにこりと笑った。いつもより、少し大人っぽい笑み。
「顔、赤いけど」
思わぬ人に感情を揺さぶられてしまった。
「…先生のせいです」
「なんでよ」
阿川さんは何組なのだろうか。今度会ったら文句を言おう。わたしはそう心に誓った。
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