第2話 朝の保健室
今日は珍しく朝から保健室に向かった。
いつもは昼休みと放課後に行っているだけで、授業はちゃんと出ているし(嫌な授業は単位を落とさない程度に休んでいるけれど)休み時間は空き教室で
それではなぜ今朝は保健室へ向かうのか。
生理が来た。生理痛が酷い。
それに加えて昨日のことがあるので、正当な口実を持っていないと行く勇気が出ない気がする。そして今日行けなかったら、もう保健室には行けなくなるような気がした。
意を決して保健室へと入る。
「いらっしゃい、沙穂子ちゃん。珍しいね、朝から?」
文原先生はいつも通りだ。
ちなみに、先生はどの時間帯に見ても同じ形をしていて、どうしてだろうと不思議に思う。
「うん」
「…とりあえず体温測って、体調教えて」
「うん」
わたしは保健室に行くと最初に体温を測り、文原先生にその日の体調を教える。
それは、わたしが保健室に行くようになったとき、文原先生が決めたことだ。先生曰く、「
おかげで、わたしの基礎体温から生理周期まで文原先生にはバレている。
ピピッと体温計が鳴り、先生が表示を覗き込む。文原先生が自分から近づいてくれるこの瞬間は、いつも少しだけどきどきする。
「…あれ、少し低いね。生理?」
「はい。だからお腹痛くて…ちょっと休んでもいいですか?」
「もちろんどうぞ。ただし、授業は一時間しか休めないからね」
冗談めかした声がかわいい。
「はあい」
先生がばさばさ布団を動かす。
「…うん、こっちのベットを使おうか。湯たんぽ要る?」
「欲しいです」
「おっけー。お湯沸かすから、寝っ転がってちょっと待っててね」
先生がふんふんと鼻歌を歌いながらお湯を沸かしている。よかった、いつも通りだ。
しばらくして、湯たんぽとハーブティーが運ばれてきた。
「カフェインはよくないから」
ハーブティーは市販の安いティーバッグを使っているけれど、文原先生は正しく淹れるので自分で適当に淹れるものより美味しい。
ハーブティーはわたしのいるベットの横のサイドテーブルに置かれた。薬を飲む用なのだろう、コップ一杯の水もある。
「始業前に一度声かけた方がいい?」
「…うん。すぐに治るかもしれないし」
「そっか。ごゆっくりー」
そう言って、先生はカーテンをそっと閉めた。先生とわたしの間に柔らかい壁ができる。
お腹が痛い。どうして生理痛なんてものがあるのだろうか。湯たんぽでお腹周りは熱いのに、額には冷や汗が浮かぶ。薬を飲んでもしばらくは効かないので、すぐに楽になる方法はない。
しかし、始業までは30分以上あるのでなんとか間に合うのではないだろうか。一時間目はたしか国語で、教室もここから近いし、予習もちゃんとやっている。
「…文原先生」
先生には聞こえない音量で呟いたので、先生が気づかないのは当然だ。
だけど、ちょっと、寂しい。
「沙穂子ちゃん、始業五分前だよ。どうするー? …わあ、どうした」
カーテンを開けた文原先生がほんの少し驚いている。悪いことをしたな、と思う。でも、生理で情緒不安定になっているのか、それに引っ張られるように嫌なことを思い出したからなのか、どうしても涙が止まらない。
「ぼろぼろ泣いて、どうしたの。もう少し休んでいく?」
わたしは出来る限り首を横に振るが、先生は困った顔のまま笑っている。
「…先生」
「大丈夫だよ。安心して」
わたしが落ち着くまでの十分間、先生はわたしに優しい声をかけ続けた。いくら養護教諭といえど、むやみに女子生徒に触ることはできない。先生は、決して自分からわたしに触れたりなんかしない。
「…落ち着いた?」
「…うん。わたし、授業、行ってくる」
「そっか。授業始まっちゃってるから、保健室利用証書いていってね」
「うん」
保健室から出るとき、先生は小さいカイロをくれた。
「膝掛けも欲しかったら、廊下の棚から取っていってね」
「うん」
わたしはさっきから馬鹿みたいに同じ返事しかできない。文原先生はそれをわかった上でわたしに声をかける。
「昼休みと放課後以外でも、しんどくなったらすぐおいで。いってらっしゃい」
「うん」
お腹はまだ重いけれど、薬が効いたおかげでだいぶ楽になっている。
ふと、先生の「いってらっしゃい」が蘇る。わたしの居場所があそこにあることが嬉しくて、同時に先生はきっと誰にでも平等にそう思っていることが悲しい。
それでも、今日の昼休みは「ただいま」と言って入ろう。
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