第171話 刹那の手腕

 家についた俺たちは、早速ノートパソコンとUSBを持って再び「ブルーヘルシージム」へと向かった。


 蒼井さんの抱える問題を解決したところで、お金が入ったり、メリットがあるわけではない。むしろ、日曜日という俺にとって極めて重要なプライベートな時間が奪われるわけだ。なのに、俺は今走っている。普段はあまり運動をしていないため、息切れして肺が痛い。


 俺たちはあっという間にジムに着き、蒼井さんたちがいる部屋のドアを力強いく開いた。


 するとそこには、3人が頭を抱えて書類作業にとりかかっている。


「基盤システム持ってきました。ちょっと…パソコン…お借りしてもいいですか?」


 走ってきたため、俺は言葉を吐くことさえもままならなかったが、なんとか絞り出して3人に伝えた。


「はい!ご自由にどうぞ」


 蒼井さんが頷き、パソコンの席を譲ってくれた。


「あと、刹那にもあの書類の山の片付けを手伝わせてください。すごく優秀だから戦力になるはずです」


 俺は刹那を指差して言った。すると、3人は刹那の顔を見つめては、申し訳なさそうに唇を噛み締める。

 

「本当に申し訳ございません…」

 

 と、蒼井さんが言うと、あかりとスタイルのいい女性はペコペコ頭を下げる。


「お兄さん、こっちは任せてください」


「ああ、お願い」


 俺は早速ノートパソコンを立ち上げ、完成したプログラムのインストールファイルが集まっているフォルダの中にある「夢光統合パッケージ1号」と書かれたアイコンをUSBに入れた。そして、それをジムのパソコンに移してインストールする。


 インストールする間、モニター越しに刹那含む4人を見てみた。刹那は、書類の山から何枚か適当に抜いて、しかめっ面でそれらに目を通しながら話す。


「契約書、請求書、見積書、領収書、残高確認書…何もかもがごっちゃまぜですね…まず、これらを分けないと…」


 どうやらあっちはうまくやっているようだ。


 だとしたら、こっちも本気出さないと。


 俺は目力を込めて初期設定に取り掛かった。ここはおそらく個人が運営するジムだろう。チェーン店ならこういう問題は起こり得ない。だとしたら、むしろラッキーだ。下手に手を出したらむしろややこしくなるから、今の状態が好都合と言えよう。


 時間が過ぎ、気づけば18時だった。


「やっと初期設定終わった」


「お兄さん、お疲れ様です!こっちも分類作業はだいたい終わりました!」


「ご苦労さん」


 俺は伸びをしてから、4人のいるところに移動した。


 散らばっていた書類の数々は、綺麗に整理されている。契約書は分類ごとに分けられていて、請求書も取引先ごとにきちんと分けられている。他にも光熱費や保険関係書類などもわかりやすくまとまっており、さっきと比べたら大違いだ。


 大したものだ。こんな短時間でここまで細かく分類することができるなんて。


 俺が関心していると、あかりは目を輝かせながら突然刹那の手を握る。


「刹那さんでしたよね?おかげさまで綺麗に整理ができました!めっちゃ有能ですね!本当にありがとうございます!」


「あ、あはは、いいえ。どういたしまして」


「タメ口でも全然いいですよ!ひひ」


「う、うん」


 あかりはまるで、尻尾を振っている犬のように、刹那に羨望の眼差しを向けている。刹那は賛辞いただいたのが恥ずかしいのか、照れ顔だ。


 あかりは突然何か思いついたのか、「あっ」って言って俺と刹那を交互に見てからまた口を開く。


「そういえば自己紹介がまだでしたよね?私は蒼井あかりです!生徒会所属の会計係をやっているJKで、この頼りげない兄の妹をやらせていただいております!」


 殺伐とした雰囲気はいつしか弛緩し、重たい空気も心地よく感じられる。自己紹介は苦手だけどな…


内藤有栖ないとうありすと申します。頼りげないこの人の恋人です…」


 なるほど。体つきだけ見たらスポーツインストラクターだ。類は友を呼ぶという言葉があるように、全身が筋肉に包まれている蒼井さんに相応しい健康美人って感じた。髪色は赤、髪型はポニーテールで、日焼けした肌はより女性としての魅力を引き立てている。


「私は蒼井健司と申します。ここブルーヘルシージムのオーナーです」

 

 と、申し訳なさそうに頭を数回下げながら自己紹介をした。


 俺たちの番か。と、刹那をチラッとみると、刹那はふむと頷き返してくれて、口を開いた。


「西園寺刹那と申します。大学生2年生です」


 簡潔に自己紹介をした刹那が俺に目くばせした。俺も簡単にしてさっさと終わらせよう。


「藤本悠太です。えっと、コンビニの店員やっています」


「藤本さんのことはにいにいから聞きました!」


 早速あかりが飛びついてきた。


「そ、そうか」


「はい!でも、基幹システムが作れるってことは、前は開発者だったりしたんですか」


 あかりは指を組み、目をキラキラさせて、俺に羨望の眼差しを向けていた。


「まあ、ちょっとな。でも主に趣味としてやっているようなもんだよ」


「すごい…後で基幹システムの使い方、教えていただけますか?会計と経理全般は私の担当なので!」


「お、おう。でも、基幹システムはいろんなパートがあるから、一応役割分担して全員で取り掛かった方がいいぞ」


「了解しました!」


 あかりは軍人みたいにピシッと敬礼ポーズを決めた。元気な子だな。


「あの、藤本さんも西園寺さんもよろしければ、ここで夕食を食べませんか?助けてくださるわけですし、代金をこちらで支払います」


 蒼井さんがまた申し訳なさそうな表情で俺たちに提案する。


 まあ、ご飯くらいはいいか。でも刹那がどう考えるのか確認しておかないと。

 

 俺は刹那に視線を送ってみる。すると、刹那はにっこりと微笑んで頷いてくれた。


「そうですね、それじゃ、お言葉に甘えて…」


 蒼井さんは安堵のため息をついてから、彼女こと内藤さんに向き直って、言う。


「有栖、いい寿司屋を探してくれないか」


「この時間帯だと全部いっぱいだと思うけどね…」


 内藤さんは、顔を顰めて自信なさげにそう言ったが、俺と刹那を見た瞬間、真面目な表情を浮かべる。


「探す」


 これで第一ラウンドは終了ってわけか。


 あとは、この夢光統合パッケージ1号の使い方をみんなに教える番だ。俺が中学生だった頃に作り上げたプログラムが活躍する機会が訪れるとは…

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