第172話 幕間
幸い、予約を入れた団体客が急にキャンセルしたため、俺たちは蒼井さんのクリマに乗って寿司屋に向かった。
そこで基幹システムの使い方や役割分担について話した。
それにしても、こんな高い寿司屋は会社に居た頃を除けば行ったことがない。一人当たりうん万円はしそうなお店。金持ちや、寿司マニアではない俺とは縁のない場所だ。
食事を終えた俺たちは蒼井さんにお礼をいって、外にでた。秋ということで、夜には気持ちのいい風が吹いていて、憂いや悩み事などを吹き飛ばしてくれる。
みんな車に向かっている途中、いきなりあかりが人差し指を立てて言った。
「あかりアイスが食べたいです!」
「そうね、寿司食べたあとはやっぱりアイスよね!」
「お姉さんわかっていらっしゃる!」
相槌を打つ内藤さんはニコニコしながらコンビニを指さした。ていうか、仕事してる時は内藤さんって呼んだけど、今はお姉さんか。公私混同しない立派な妹さんだこと。
あかりが自分のお兄さんにものねだりするときの子供のような視線を送ると、蒼井さんはこくりと頷く。それから、そのキン肉マンな体を俺と刹那に向けて聞いてきた。
「藤本さんと西園寺さんはアイス食べますか?」
「俺は食べません」
「私も別に大丈夫です」
「わかりました。それでは、コンビニに行ってきますので駐車場で待っていただけますか?」
蒼井さんにそう言われ、俺たちは頷いた。それから、蒼井さん含む3人はコンビニへ、俺と刹那は駐車場へと向かった。
道すがら、俺は無言のまま周囲にいる人たちに目を見やる。家族連れのお客、カップルらしき男女、ビジネス関係の人たちなど、その種類は多岐にわたる。そして、バレないように刹那を横目で見てみた。
スポーツウェアーを着ているが、歩き方から美貌まで品があるように感じられる。俺はゲップともため息ともつかない音を漏らしてから言う。
「刹那はもう帰ってもいいよ。今日は色々ありがとう。おかげで助かった」
まあ、実際に刹那がいてくれたおかげであの書類の山が片づいたわけだし、労いと感謝の言葉は伝えるべきだろう。だが、刹那は不機嫌な表情で俺にジト目を向けてきた。
「何を言ってるんでか?これからが本番でしょ?」
どうやら刹那はご納得いただけていない様子であった。
「ま、まあ、そうなんだけど、刹那は大学生だし、授業とか色々と忙しんじゃないの?」
歩きながら会話をしていたのだが、俺が着ているトラックジャケットの裾を急に引っ張ってくる刹那のせいで、俺は歩きを止める。
「急にいどうした?」
俺が足を止めたことを確認した刹那は手を離して不貞腐れた表情で俺を見つめている。また何か怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか。
「別にそこまで忙しいわけでもないんですよ」
「そうか…」
「大学だって、クラブ活動やってないし、たまにお父さんの仕事関係でパーティーに招かれるくらいです…だから忙しくありません」
「なんというか、意外だな」
「何がですか?」
刹那は腕を組んで俺を睨んでいる。このような仕打ちを受けるのにはもう慣れている。これは素直に言わなきゃいけないやつだ。
「な、なんていうか、刹那ってもっと輝かしい人生を歩んでいるんじゃないかと思ってね」
「輝かしい?」
「ほ、ほら、大学生活だって、友達いっぱい作ってクソリア充ライフを満喫したり、お金持ちの腹黒息子たちとか士業を目指す自意識過剰な善人ぶってる連中から告白されまくりで絵に描いたような輝かしい人生を送っているんじゃないかと…」
「お兄さん…なんだか他意の感じられる言い方ですね…」
「俺は素直に言っただけだ」
すると、刹那は突然、笑い出す。
「ぷっ!確かにこれは明らかに素のお兄さんですね」
何がそんなに面白いんだろう。今の会話の中に笑うべきポイントなんかないと思うがな。
刹那は自分の手の甲で口を押さえてから、笑を堪えている。それから、手を元のとこに戻し、面白そうに続ける。
「でも、お兄さんの言葉はかなり良い線言ってると思いますよ?」
「どこがだ」
「腹黒な男性や善人ぶってる男って本当に多いんですから…」
「まあ、逆にそんなやつしかいないまであるな」
「いいえ。いついかなる場合においても例外はあるものです」
刹那はドヤ顔で俺を偉そうに見ている。
一瞬見惚れてしまったが、俺は気を取り直すために咳払いをし、口を開く。
「例外ってあくまで誤差の範囲だ」
「誤差だとしても、全体に影響を及ぼすことだってありますよ!」
刹那は自信満々な面持ちで説いたので、俺もドヤ顔で答えてやることにした。
「全人類から嫌われるガン細胞なら影響及ぼすかもな」
「この捻くれ者」
「…」
刹那はまた俺にジト目を向けてきた。まあ、俺のひねくれ具合は俺自身がもっともよく知っているので、反論せずに、目を逸らすことしかできない。
「お兄さんが作ったプログラム見てみたいです」
「別にみても面白いことなんか何もないぞ」
「いいえ、楽しいに決まってます」
「なんでそんなこと断言できるんだ?」
「お兄さんの世界が見れますから」
「…」
どうしてこの子はこんな透き通る目で俺を見つめてくるんだろう。ただでさえ美人なのに、こんな無邪気な表情をされたら、俺は目を逸らすしかない。
「お前もなかなかおかしいやつだ」
「どの口が言ってるんですか?例外さん」
「…」
「おや?二人ともここで何やってるんですか?」
俺が気まずそうにしていると、背後からあかりが話しかけてきた。振り向くと、アイスを食べている3人が目に入る。俺は胸を撫で下ろして返事した。
「まあ、ちょっとな」
俺のぎこちない返事を聞いた3人は、俺と刹那を交互に見て温かい微笑みを浮かべては、また歩き出す。そして聞こえる蒼井さんの真面目な声。
「戻りましょう。ジムへ」
かくして俺たちはジムに戻った。
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