第149話 めっちゃ可愛くて綺麗な妹が出来ました

 でも、俺が格好いいだなんて。


「お前の目も俺以上に腐っているんじゃないの?」


「ひどすぎますよ!藤本さん以上だと放射能廃棄物くらいしかないじゃないですか!」


 西園寺刹那は笑顔から一転、駄々をこねる子供のように、俺の目をディスった。放射能廃棄物か。つまり、西園寺刹那が考える腐り具合順位は、死んだ魚→死んだゾンビ→放射能廃棄物ってことになるのか。こうして並べてみたら、なんとなくわかるような気がする。いや、わからん。


「そんなに俺の目ってヤバいのか?」


「ヤバいです!」


「即答か…」


「で、でも…」


 西園寺刹那は何か意味ありげな視線を俺に送りながら恥ずかしそうに目をそむける。


「ずっと見てると愛嬌あいきょうきますね」


「いやさっき、俺の目を見て腰抜かしただろ」


「うっ!そ、それは…あ!それより早く再定義しましょう!」


 うわ、この女、明らかに話題を逸らしてやがったな。まあ、実際俺の目がヤバいのは間違いないから、ここら辺でこの話を切り上げよう。


「西園寺は俺とどういう関係を築きたいんだ?」


「それは…ですね…」


「それは?」


 西園寺刹那は指を組んだまま、困り顔だ。西園寺刹那は一体俺とどういう関係を結びたいんだろう。まさか、主従関係とかじゃないよね?


 不安がっている俺を全く気にする様子もなく、彼女は言葉を慎ましく紡いでいく。


「まず、兄と妹の関係…」


「兄妹ね…」


 俺はずっと一人っ子だったので、妹という存在は漫画や小説でしか接したことがない。


「ふ、藤本さんってほかに兄妹とかいますか?」


「俺は一人っ子だ」


「なるほど」


 と、言って納得顔でうんうん言いながら表情が和らぐ西園寺刹那。それを俺が怪訝そうな顔で見ると彼女は俺を真っ直ぐ見つめて語り出す。


「つまり、あれです!私はずっとお兄さんが欲しかった!そして藤本さんは一人っ子だから妹がいた方が絶対いいに決まってる!」


 後ろに行くにつれて鼻息を荒げて捲し立てる西園寺刹那。それを見て俺は後ずさる。


 も、ものすごい勢いだ。


「いや、俺は別に妹が欲しいとか思ったことないんだけど…」


 辛い経験をいっぱいしていた少年時代の俺は、妹について考える余裕はなかった。あんな狭すぎて、むさ苦しくて、夫婦がお互いを傷つけあうような部屋に妹がいても、それは災難でしかない。


 でも、今は俺をいじめる連中もいないし、目障りな両親もいない。昔と比べたら心の余裕があると言える状況だろう。


 でも妹ね…


 俺が考えあぐねていると、目を潤ませた西園寺刹那が上目遣いで見つめてくる。


「だめ、ですか?」


「っ」


 おいおい西園寺さん?その表情はいくらなんでも反則でしょ?


 ただでさえ美人なのに、夜明けだという補正までかかってさらに上目遣い。


 この子は青山夏帆みたいにあざとい部類の女の子ではない。つまり、あの表情はわざと演じているわけじゃない。あれは素だ。だから尚更タチが悪い。


 断れないだろこれは。いくら俺がネガティブな人間だとしても、この子の言動の裏を読んで思いっきりディスることは出来ない。それはただ逃げるための詭弁になるだけだから。


 俺は西園寺刹那から目を背けてボソッと言う。


「俺なんかで良ければまあ、いいぞ」


「え、本当ですか?!」


「ああ」


「ほ、本当に本当?」


「う、うん」


「本当に本当に本当?」


 俺は逸らした視線を西園寺刹那のところに戻して言う。


「お前は一体何回聞けば気が済むんだ?」


 西園寺刹那は目を瞬かせて大きなお目々を俺に見せる。クリスタルのような透き通る瞳は暗闇の中でもよく見えるから不思議だ。


「じゃ、これからは悠太お兄さんって呼んでもいいですか?」


「す、好きにしろ」


 年下の女の子に名前で呼ばれるのは初めてなのでつい緊張してしまった。


「あと、君とかお前とか西園寺とよばれるのは癪なので、せ、刹那って読んでください…」


 俺も名前で呼ぶのかよ。やっぱり恥ずかしい。


 まあ、普通の兄妹って互いを名前で呼び合うもんだから別に不思議じゃないよね。流石にこの歳でちゃん付けはないと思うが。


 俺は重たい口をなんとか動かしてみる。


「せ、刹那」


「悠太お兄さん」


「刹那」


「悠太お兄さん」


「刹那」


「悠太お兄さん」


「な、なんなの?この無限ループ」


「あはは、なんだかこの呼び方、親近感があっていいですね」


「まあ、西園寺よりはしっくりくる感はあるかもな」


 俺は面映くなって後ろ髪を引っ掻く。


「契約成立ですね」


「契約か…」


 嫌な響きだ。この前も刹那と対話をし、ゆきなちゃんの家庭教師をするという契約を結んだ。おかげで俺の日常は大きく変わった。


 契約書があるわけでもなく、証人がいるわけでもない。


 あやふやで中途半端な契約を俺たちは交わしてしまった。


 だが、一度発した言葉はなくならない。刹那の声ははっきりと俺の耳の中に入った。そしてその音波は、世界中を巡りながらだんだん広まるだろう。


「というわけで、これからもよろしくお願いします!悠太お兄さん!」


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします…」


 つまり、あれだ。


 めっちゃ可愛くて綺麗な妹が出来ました。

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