第148話 いいえ。藤本さんは格好いいですよ

「いきなりどうした」


 いきなりおかしい人間と認定されたことに戸惑いつつ、俺は顔を引きらせて聞いてきた。

 

 まあ、あの時の会話の続きって感じか。


 目もそろそろ暗闇に慣れてきて、西園寺刹那の表情ははっきりと見える。また一悶着あった時の顔で俺を睨んでいるね。


「前の話の続きです」


「いや、それはもうとっくに終わったはずじゃ…」


 あの時は確かに西園寺刹那の方から引き下がった。そう。俺ははっきりと覚えている。


 俺は西園寺刹那を当惑した表情で見つめていると、彼女は、何かを決心したように語り出した。


「いいえ。まだ終わってませんから。これからなんですよ」


「そうか」


 終わった話をいちいち蒸し返してくるのはしゃくだ。でも、事なかれ主義を振りかざし、無責任に話を終わらせようとした臆病者にも非があるのではなかろうか。そう。これは臭い物に蓋論理だ。俺は心のどこかで言い聞かせていた。これでいいんだ。もうこれ以上突っ込まれることはない。全てがうまくいく。と。


 しかし、その妄想じみた自分勝手な主張は、目の前の美女の前では、秒で泡沫うたかたと化す。


 俺が諦念めいた顔で肩をすくめると、西園寺刹那は続ける。


「ゆきなちゃんの件は今も頭が上がらないくらい感謝しています。あんなに楽しいゆきなちゃんは初めて見ますから」


「それは、よかったね…」


「でも、私が藤本さんに聞きたいことはですね…」


「聞きたいこと?」


 西園寺刹那はいきなりうつむいて気恥ずかしそうに唸り始める。な、なに?!深夜になると呂律が回らない病気でもあんの?だが、彼女は首を振って、俺をまた見つめてくる。何かを必死に訴えるように。


「藤本さんと私との関係についてですよ」


「か、関係?」


 まごまごしている俺を見ている西園寺刹那の瞳には切実さが宿っているように思える。


 頬は薄桃色に染まっていて、月光に照らされた頬は、まるで満開した夜桜を思わせる。


「そ、そうですよ!私たちの関係!」


 つややかな唇を動かして発したその言葉は、俺に返事をうながす。


「いや、関係つっても、俺はゆきなちゃんの家庭教師だ。つまり、お前にとって俺は、単なる妹の家庭教師以外の何者でもない」


「そんなどうでもいい言葉で逃げようとしないでください!そんなのもう通用しないから」


「っ!?」


 西園寺刹那は切実な表情のまま俺に言葉を放った。戸惑っている俺の瞳を離すまいとする西園寺刹那の眼光は実に鋭い。


「この前、私は藤本さんのことを全てがめちゃくちゃで分厚い仮面をかぶっている人だと言ってましたよね?」


「ああ」


「今も変わってません。藤本さんは何もかもがめちゃくちゃです」


「…」


 まあ、超絶美人大学生からはそう思われても致し方あるまい。だって、俺はもともとこういう人間だ。彼女のお眼鏡に叶わないのは当たり前だ。世の中にはもっと素敵できらびびやかな男は掃いて捨てるほど存在する。この子はそういう人を飽きるほど見てきたのだろう。


 俺は気持ち悪い苦笑いを浮かべると、彼女は予想外の言葉を口に出す。


「でも…でも…そのめちゃくちゃなところをよくみると、それなりの理屈や規則性があって…その仮面の中にある素の藤本さんが見たくなりました…」


 そう言った西園寺刹那の目尻がほんの一瞬だけ輝いた。


「素の俺か」


「はい。藤本さんの素の姿はきっと格好いいはずです!」


「どうして断じるの?!」


「だって、あの時の藤本さんはすごく輝いて、わ、私が憧れるほど格好良かったから…」


「あの時?」


 俺が彼女の前で輝いているところを見せたことはない。いつも彼女らの前では根暗で陰湿な陰キャだった。


 俺はいぶかしむような視線で続きを促した。


「私が今通っている大学を首席で卒業した時ですよ。皆んなが見ている体育館で表彰状を渡される時の藤本さんは、すごく輝いていたんです。目の腐り具合も死んだ魚くらいだったし…」


「それ死んだゾンビよりマシなのか?」


「もちろんです!」


「判断基準がわからん…」


 いくら努力してもこの目は治りようがないんだよね。


 自分の体の一部のヤバさのことで思い悩んでいると西園寺刹那は人差し指で俺をビシッと指して言う。


「とにかく!私は藤本さんのことがもっと知りたいですよ!そのためには私たちの関係を再定義しないといけません!」


「て、定義ね…でもさ」


「はい?」


 一方的に俺に対して言い続けてきた西園寺刹那はキョトンと小首を捻って続きを促してくる。


「俺は、お前が思うほど格好いいヤツじゃないんだ」


 そう。俺は世に言うキラキラしている格好いいやつなんかじゃない。むしろ俺はああいういけすかないクソイケメンを毛嫌いしている。


 俺が謎の怒りを謎の方向にぶつけていると、西園寺刹那は手を後ろで組んで、腰を少しかがめながら俺を横目で見る。そして開かれる口。


「いいえ。藤本さんは格好いいですよ」


 その瞬間、そよ風が通りすぎ、西園寺刹那の柔らかい黒髪をなびかせる。葵い月光に照らされている彼女の姿は、実に美しい。柔らかい笑顔からは不自然さは全く見当たらない。まるで時間が止まったかのような錯覚に陥るほど、西園寺刹那という女の子はうるわしい。


 


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