第150話 あ、もしかして事後なの?
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日曜日の朝
3人が椅子に座ってテーブルの上に置かれている朝ごはんを食べている。
3人の咀嚼音は割と静かだ。ゆきなちゃんと刹那は食べる時はなるべく音を立てない。もちろん俺もだ。いついかなる時も悪目立ちしてはならないとずっと言い聞かせていたからだ。
「お兄ちゃん!このサラダ美味しい!」
「それはよかったね」
野菜を頬張るゆきなちゃんは明るい表情をしている。それに引き換え、刹那の表情はどこかもどかしそうな感じだ。
繁々と俺を見ては、すぐ目を逸らし朝ごはんを食べる。なにか言いたいことでもあるのだろうか。
そう思った瞬間、刹那は口を開く。
「お兄さん…」
「どうした刹那?」
「え?」
今まで笑顔で朝ごはんを堪能していたゆきなちゃんの表情が固まった。
「ご飯、美味しいです…」
「あ、ありがとう」
「二人ともなんか変な物でも食べたの?」
ゆきなちゃんはいきなり俺と刹那の呼び方が変わったことに気がつき、早速突っ込んできた。だが、やがて目を細め手の甲を口の端に当てて煽るような口調で聞いてくる。
「あ、もしかして事後なの?」
「ヴァっ!けほ!けほ!ゆきなちゃん!一体その言葉どこで学んだだの!?」
いやこれどう考えても小学生が思いつくような単語じゃ無いだろ。ゆきなちゃんに訊ねた俺は驚きのあまりむせてしまった。幸いな事に口の中にあるものは吹かなかった。
刹那はというと、顔を真っ赤にして全身がぶるぶる震えている。
ゆきなちゃんの方に目をやると、事もなげにフォークでサラダを突きながらまた言う。
「昔見てたドラマがあったから真似してみただけなの」
「そ、そうか…」
「でもさ、事後って具体的にどういう意味なの?」
そう問うてきたゆきなちゃんの顔は、純真無垢という言葉が似合うほど何もわかってないようだ。
「大人になったら教えてあげる…」
「教えるんですね…」
ゆきなちゃんは小首を傾げて俺と刹那を交互に見たが、興ざめしたらしく食事を再開する。
咀嚼音とチュンチュンと鳴く鳥の囀りが心地良い西園寺家の別荘で俺たちは3人は無言のまま朝ごはんを美味しく食べた。
あとは、帰るのみだ。
後片付けをし、荷物をまとめて、刹那の車に乗る。
ここにくる前は、全てが謎だった。なんで西園寺のおじさんは目に入れても痛くないないほど可愛いご自分の娘二人と俺が別荘へ行くのを許可したのか。なんで、俺を詮索し、土足で俺の領域に入ろうとしているのか。
もちろん今もその謎は解けていない。むしろもっとややこしくなった気すらするのだ。
いずれにせよ、別荘でこの二人と過ごした時間は、俺に重要な事を気づかせてくれた。
逃げない勇気。
破綻という結末が見えているのに、あえて近づく勇気をゆきなちゃんと刹那は俺に教えてくれた。
壊れると知っていても、あえて手に入れる事に意味などないとずっと言い聞かせてきた。だが、この美人姉妹を見ているよ、俺が立ててきた仮定そのものが間違っているんじゃないかと、誤謬があるんじゃないかと内なる自分が囁いてくるのだ。
気がついたら、刹那の運転する車は俺の家に止まっていた。本当あっという間だったな。
「着きました」
「あ、ありがとう」
と言って、俺は車から降りた。1日ぶりだというのに、なんだか凄く懐かしい気分だ。
「んじゃ、気をつけて帰ってくれ」
「分かりました、お兄さん…」
刹那ははにかむように頬を桜色に染める。なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。
気まずそうにしている俺たちを見かねたのか、ゆきなちゃんが、車窓を開けて顔をぴょこんと出す。
「また明日よろしくね!」
「ああ、ゆきなちゃんも気をつけて帰って」
「ゆきなちゃん行くよ」
「はーい」
するとゆきなちゃんは顔を引っ込める。高そうな外車が視界から遠のくのを確認した俺は家に向かった。
いつもと変わらぬ風景に安堵した俺は、汚れた服を洗濯機の中に入れ、部屋に戻る。するとノートパソコンが見えた。
「プログラムでも作るか」
追記
別荘編はこれで終わりです。
思ってたより長いストーリーになった気がしますね。
でも、主人公が西園寺姉妹と距離を縮めたのは大きな進展ではないでしょうか。
まだ道は遠いけど、これからは本格的になっていきますので、よろしくお願いします!
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