第145話 娘

 俺が苦手とするチャラチャラした感じのヤンキーではない二人だが、あれは誰が見てもナンパだ。西園寺刹那とゆきなちゃんが困り顔で視線を逸らしてるのが最たる証拠。


 あまり気乗りはしないが、一応連れがいるということを見せるしかない。


 そう考えた俺は、すっと立ち上がり水辺にいる男性二人、女性二人のいるところに向かった。


「すんげー綺麗っすよ!まじで!」


「何処からきたんですか?」


「あの…それは…」


 目を光らせている男二人は矢継ぎ早に美人姉妹に質問を投げかける。西園寺刹那は顔を引き攣らせて言い淀んでいて、ゆきなちゃんに至っては怯えている。


「どうかしたか?」


 俺が話しかけると、西園寺姉妹が振り向いては安堵のため息をついた。それからゆきなちゃんは、たたたっと早足で歩いて俺の後ろに隠れた。


 そして沈黙が流れる。なんなのこれ?めっちゃ気まずいんだけど?なにか言った方がいいのかね。


 でも俺は赤ちゃん並みのコミュニケーション力しか持ち合わせておらず、格好いい主人公見たいには振る舞えない。


 男2人は肩をすくめて俺を遠慮がちに見ている。これ以上引きずったら怪しまれてしまいそうだ。


 もっとも円満な形で収まるこの場に最も適した言葉。俺は頭脳をフル稼働させて考えた。プログラムのアルゴリズムを組む時に匹敵するほど俺は頑張っている。


 そして導き出される唯一無二の答え。


 周りの人々もなんぞやと俺たち5人を見ている。


 どよめきが走る中、俺はゆきなちゃんの頭を撫で撫でしながらほぼ無表情で彼らに向かって言葉を発する。


「娘がご迷惑をおかけしたみたいですいません」


 それから俺は少し頭を下げて謝罪するフリをした。


「な、ななな、なにを!?」


「ええ!?」


「ま、マジっすか!?」


 西園寺刹那は戸惑いながら顔を赤らめているが、男性2人は口をポカンと開けてそのまま固まってしまう。魂でも抜かれているのかな。

 

 ていうか、西園寺刹那よ、動揺するな。これはあくまでも演技だ。あの男2人を取っ払うにはこれが一番効率がいい。


「パパン…ゆきな怖かった」


 ゆきなちゃんは俺の上着の裾をぎゅっと握り込んで上目遣いで話した。


 おお、ゆきなちゃん演技上手いね。だけど、俺が着ている上着の裾が震えている。恐らくある程度恐怖を感じているんだろう。


 俺は手にもっと力を入れてゆきなちゃんの頭を撫でる。いつもは余裕ぶっていても、心は年相応ってわけか。


「こ、こちらこそすいませんでした!」


「とんだ御無礼を…だから言っただろ?彼氏か主人がいるって!」


「返す言葉もない…」


 男性2人が俺にぺこぺこ頭を下げて何やらしゃべっている。


「んじゃ、僕たちは失礼します!本当すいませんでした!」


 と言って男2人は逃げるように走り去った。これで一件落着か。


 安堵のため息をついていると、今度は外野がうるさい。


「見てみて!あの二人夫婦だって!」


「やっぱり美男美女だから子供もめっちゃ可愛いんだね!」


「憧れちゃうな」


 どうやら俺たちは周りの人から夫婦と子供だと認識されているらしい。そんなに大声で言ったわけじゃないんだけど、さっきのやりとりを聞いたらしい。


 俺がげんなりしていると、水に濡れた超絶美少女が慌てふためいた様子で話してくる。


「さ、さっきのあの発言は一体なんだったんですか?」

 

 やっぱり怒ってますね。


「ごめん。これが一番効率的だと思ってた」

 

 俺は目を逸らし、頭はクシャクシャしながら言った。まあ、こんな根暗で目が死んでいる奴の夫婦だと誤解されれば当然カットくるよね。


 罵倒でも暴言でも誹謗でも俺は受け入れる準備ができている。しかし暴行だけは勘弁してくれ。


 俺は心の準備をして、逸らした視線を西園寺刹那のところに戻す。


 やっぱり怒、うん?なんだか表情が俺が予想していたのとは大分違うんだが?


 西園寺刹那は腕を組んで、俺にジト目を向けている。頬はとっくに桜色に染まっていて凄く魅力的だ。


「まあ、藤本さんだから仕方ありませんね」


「え?怒らない?」


 予想外の言葉を聞いた俺は、口を半開きにして、彼女を見た。


「なんなんですかその反応は?私を怒鳴り散らすだけの鬼とでも思っているんですか?」


 西園寺刹那の胸は腕にもっと力を入れせいで、より強調されてしまう。ただでさえ大きいのに、これ見よがしに見せると色々まずいんですよ?


 西園寺刹那はいつも自分の感情を包み隠すことなく俺にぶつけてきた。だから、俺も少しは胸の内を明かさせてもらうぞ。


「い、いつも怒ってばかりだし」


 そうだ。この子はいつも俺に対して怒ってばかりだった。


 俺が逃げようとしても、怒りながらもついて来たし、訳の分からないタイミングで怒り出す。


 なかなかキャラの掴めない子だ。


「そ、それは藤本さんにも落ち度があるんですよ!」


 そうか。俺にも間違いがあるというのか。もう何もかもがどうでも良くなった。


 俺はしゅんと肩を落として自信なさげに口を開いた。


「生きててごめんね」


「藤本さん卑屈すぎ!」


 西園寺刹那は忙しなく手をブンブン振っているが、俺は完全に落ち込んでしまった。そこへ、ゆきなちゃんが助け舟を出す。


「お兄ちゃんは頑張ったよ。お姉ちゃんはお兄ちゃんをあまり追い詰めないで」


 ゆきなちゃんは俺の背中をさすって姉に注意をする。


「ゆきな…」


 西園寺刹那は自分の妹に対して悲しい表情を浮かべている。


「私だって仲良くしたいのに…」


「え?西園寺、何か言ったか?」


「い、いいえ!なんでもないですよ!ふん!」


 また怒っていらっしゃる。本当にどうしたらいいのこれ?


「本当に二人とも先が思いやられるね」


 ゆきなちゃんはやれやれとばかりに深々とため息を吐いて、俺と西園寺刹那を交互に見る。だが、やがて明るい表情を作って微笑みかけた。


「それより3人で遊ぼう!大した荷物持って来てないからお兄ちゃんも、ほら!」


 ここら辺で切り上げてお言葉に甘えるとするか。


「そうね。一緒に遊ぶか」


「うん!」


 こうして俺と西園寺刹那は休戦状態を保ちつつ、ゆきなちゃんと水遊びをした。


 ゆきなちゃんとはだいぶ打ち解けた感じだが、この目の前の美少女とは謎の壁を感じつつ、交流を続けた。

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