第146話 色々
周りの人々からの謎の視線を感じつつ、ゆきなちゃんと西園寺刹那とひとしきり遊んだ。気がついたらそろそろBBQを準備しないといけない頃合いである。
ゆきなちゃんは疲れたのか、笑顔こそ崩さないが、明らかに前と比べて動きが鈍くなっている。西園寺刹那も同様。
「そろそろ帰るか」
全身びしょ濡れの俺が二人に提案をすると、顔をうんうん頷いて、元気のいい声音で答える。
「うん!」
「はい!」
西園寺刹那が運転する車に乗って別荘に帰った俺たちは、本格的に夕飯の準備に差し掛かった。
俺は火起こしをするべくスーパーマーケットで買ってきたトーチバーナーで備長炭に火をかける。
西園寺姉妹はお肉やら海産物やら野菜やらの手入れをしているところだろう。
一人だけだと結構手間のかかる作業だが、3人が協力するとすぐ終わるような気がしてきた。
ていうか備長炭ってなかなか火がつかないな。だけど、一度付いたら長い時間、熱を放ち続ける。
人間も同じではなかろうか。ガソリンや紙などはあっという間に燃え尽きてしまう。だけど、その燃え上がる煌びやかな様子は見る人を驚かせてあまりあるほど華麗で儚い。
備長炭は目立たないし、燃えてるのかどうかも、近くで確認してみないとなかなか判断が難しい。だけど、誰にアピールする事なく、静かに誰かを温めてくれる。尊い生き方だ。
そんな厨二病じみたどうでもいい事に思いを馳せていると、誰かの足音が聞こえてきた。音から察するにゆきなちゃんのものではない。だとしたら。
「火起こしの方はどうですか?」
西園寺刹那は腰をかがめて俺にそう言った。あの姿勢は体の特定の所が強調されてしまうが、言わないでおこう。本当に目のやり場に困るんだから。
と、言うわけで俺は火バサミで炭を突きながら返事する。
「あともうちょっとって感じかな。そっちは?」
俺の視線は炭に固定されたままだ。
「こっちはオッケーですよ。持ってきましょうか?」
「そうだな。全部持ってきてセッティングしたらちょういいか。手伝うか?」
「いいえ。そんなに重いわけでもありませんので、ゆきなちゃんとやります」
「そんじゃ頼む」
「はい」
西園寺刹那は軽く用件だけ伝えると、踵を返し、別荘の方に足速に戻る。
雑談とかは一切混じってないごく普通の会話。まるで会社とかで交わされる会話じみたやりとりは、俺たちの関係性を代弁してくれている気がしてきた。
これでいいんだ。
しばしたつと、西園寺姉妹がお肉と野菜など持ってきて、それを野外テーブルに並べ始める。
備長炭もいい具合に赤くなってるわけだし、そろそろ始めるとしましょうか。
X X X
バーベキューは成功裏に終わった。俺たち3人はお腹がめちゃくちゃ空いていたので、食べるのに集中しすぎて話はあまりしていない。だけど、心のどこかが温まる気がする。こうして他の人と人里離れたところにまで来て食卓を囲んだ事がなかったから、なかなか新鮮な経験だ。
風呂だってそう。お風呂を先にいただいた今の俺はリビングのソファーに座ってテレビを見ている。つまり、湯船に入ったわけで、現にあの二人の姉妹がその残り湯を使っている。
死んだゾンビの残り湯なんかに浸かってもなんとも思わないのか。
複雑な気分だ。
テレビではニュースが流れている。
「先月起きた地下鉄放火事件で犯罪を起こしたとされる桐谷容疑者が本音を明かしました」
またあの事件のニュースか。
俺は気になりニュースキャスターの声に耳をそばだてる。
「桐谷容疑者は、高校時代にはイジメや暴行を受け、大人になってからも会社で度重なる差別や嫌がらせを受け、長らく引きこもり生活をしてきたとのことで…」
「…」
あいつもイジメを受けたのか。
「ネットなどで偏った情報や思想などに触れ続けた結果、社会に対して不満が募って犯行に至った模様です」
なるほど。
偏った情報やら思想やらはニュース側が自分勝手に作った妄想じみた表現だが、少なくともあの犯人がイジメを受けたのは間違いなさそうだ。
一つ確かなのは、あいつと俺には共通点がある。あいつを初めて見た時から薄々と気づいてはいたのだが、やっぱり暗い歴史があったってことか。
俺がゆきなちゃんを抱えて走っていた日のことを思い浮かべると、二人の足音が聞こえてくる。
湯上がり独特の香りを漂わせている二人はピンク色の寝巻きを着ている。髪の毛はまだ濡れていて、一言で例えるなら無防備。
俺を全く警戒していない。もちろん何かをするというつもりは全くない。
でも、これはいくらなんでも警戒感なさすぎでは?
俺はため息を一つ吐いて口を開く。
「俺、もう寝るわ」
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