別荘での話

第133話 3人のグループチャットが復活する

約一週間後の金曜日の朝



 明日は西園寺姉妹と一緒に別荘に行くことになっている。


 西園寺夫婦と一悶着あったが、あれ以来、いろんな変化が訪れたと思う。


 まず、心のモヤが晴れた気分だ。




『もう一度言う。君には、全く、これっぽちも、期待なんかしていない!わかったか!』


 人間は、自分の存在を否定されると、生きる意味を見失うものだ。だから、あえて人を虐めたり傷つけたりしながら、自分の存在や自我を確率させ、精神の安定をもたらそうとする。


 しかし、俺は否定されたことによって、安心感を覚えている。なぜだろう。一般人があんなこと言われると、すごく凹むようなセリフだと思うが、今は浮き足立つ自分がここにいる。

 

 あれを言われてから、俺の心はいつもより軽くなっている。


 あと、もう一つの変化を紹介しようか。


 と、思った瞬間、俺のスマホがブーブーと鳴った。


 横たわった状態で覚めやらぬ目を擦りながら、携帯を確認する俺。


『お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!』


 いや、別に3回も書く必要あんのか?


 ゆきなちゃんが送ったラインメッセージが画面に表示されている。


 だが、ここには一つ重要な点があるのだ。何かをいうと、以前USJに行った時に作った俺と西園寺姉妹の3人からなっているグループチャットを使ってメッセージを送っているところ。


 西園寺刹那と俺との間に意識の齟齬そごが生じてからは、全く機能していなかったが、約一週間前のあの事件を境に、見事復活した。


 もちろん、西園寺刹那と俺はあまりこのグループチャットを活用してなくて、使うのは主にゆきなちゃんだ。別荘の関する情報を聞いたり、集合場所を決めたりと、事務的な連絡をする場合のみ使用したりするけど、私的な会話やどうでもいい話題を発信するのは、ゆきなちゃんだ。


 でも、ここで既読無視とかすると、ねて機嫌悪くなるよね。この前のテストでは、ゆきなちゃんは結構いい成績を叩き出した。だから、ゆきなちゃんの気に障るようなことをするのは、なるべく避けるべきだろう。


 小学生の顔色を伺っても、全くプライドに傷一つ付かない俺は、そのままゆきなちゃんに返事する。


『おはよう』


 

 まだ携帯のアラムも鳴ってない時間だ。小学校の登校時間を考えると、ゆきなちゃんは早起きしたと言えるだろう。


 俺がメッセージを送って数秒経ったところで、また携帯がブーと鳴った。返すの早すぎだろ。


『明日の準備は順調?』


 どうやら3人で別荘に行く件で心配になるらしい。こんな内容のメッセージをもらうのは今回を含めると5回。子供というのは、期待を裏切られたら、トラウマになってつい、色々と確かめたくなるものだ。


 父の仕事が忙しくて、約束しても、守られたことがあまりなかったゆきなちゃんからしてみれば、俺もまた、約束を反故にするリスクのある人物だ。


 しかし、急に体調が悪くなるとか、地震でも起きない限り、俺が明日、みんなと別荘に行くことは、ほぼ確定だ。


 人生において、絶対という言葉は存在しないが、少なくとも今は、行くこと前提で話すのが理にかなっている。


『準備つっても、ほとんど現地調達だからな』


 俺はメッセージを送ってから、キッチンにある冷蔵庫に向かう。


 俺は冷蔵庫の中から冷たい布引の水が入っているペットボトル取り出し、コップに注いで一気飲みした。


 秋だから朝は冷えるが、この快感は譲れない。


 冬になっても、俺はこのキンキンに冷えた布引の水を貪り尽くす。そんなわけのわからん決意をしてから、再び部屋に戻った。


 すると、スマホの画面に何かが表示されているのが見えた。


 確かめるべく、スマホを手に取り、画面に視線を向ける俺。


『3人でいっぱい楽しもう』


 メッセージ横には、「既読2」がついている。西園寺刹那も一応読んでいるということか。


「はあ」


 俺は思わずため息が漏れ出たことに気がつき、若干動揺しながらも、いそいそと返事をする。


『そうだな』


 俺が送ったメッセージの横にもすぐ「既読2」がついてしまった。


 ゆきなちゃんはいい。でも、彼女はどうだろう。


 今し方、俺はあの子との距離感を掴めずにいる。


「人間関係って、やっぱり面倒臭い」


 そう呟きながら、俺はいつものルーティンをこなすべく、朝ごはんの準備に取り掛かった。

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