第104話 こんばんは藤本くん

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 1日開けて火曜日


 俺は今、五十嵐麗奈の家の玄関前にいる。バイトをさっさと終わらせて、スマホを見れば、五十嵐麗奈は、自分の家の住所をショートメールで送ってくれた。


 自分が住んでるところを、そう簡単に教えてくれるなんて、俺だったら絶対できない。


 幸いなことに、ここは一戸建て。つまり、家族と一緒に暮らしているということが簡単に推測できる。これが一人暮らしのマンションだったら、尻込みしてそのまま、俺の部屋に逃げ込む自信がある。


 俺は安堵あんどのため息をついてから、ドアのガラスで自分の姿を写して身支度を整える。


 前にも言及したと思うが、俺はファッションには気をつかっているつもりだ。石ころを目指すといっても、見た目が悪いようでは、むしろ悪目立ちしてなんにもならない。


 下は、男性用ローファーに明るい系のダメージスキニージーンズ。上は、白いシャツをまとっている。おしゃれなバックを肩にかけている俺の姿は、無難と言った感じだろう。


 今の時刻は18時30分。西宮駅から歩いて5分ほどの距離にある普通の一戸建て。


 俺は震える手をなんとか落ち着かせてノックを始める。


「はい」


 すると、鋭い声が漏れ聞こえてきた。


 やがてドアは誰かの手によって力強く開け放たれる。


 そして現れたのは、亜麻色の髪をなびかせながら、透き通った一眼で俺を見ている美少女


「こんばんは藤本くん」


「ああ、こんばんは」


 五十嵐麗奈はゴスロリティックな黒い系のワンピースをまとっている。髪色といい、肌色といい、全体的に色白だから、余計にコントラストが強調される。


 ていうか、好きなんだなこういうの。もちろん、俺だって全く興味がないというわけではないので、違和感を感じたりすることはない。


 細い体つきだが、まるで彫刻品のような繊細さがある。


「うん?私の服に何かついているのかしら?」


「あ、いや、別についてない」


 いかん!ついガン見してしまった。俺としたことがこんなヘマをするなんて。

 

 気まずくなった俺は、視線を逸らして、後ろ髪を引っ掻く。


「あ、あの、藤本くん!」


「うん?な、なに?!」


いきなり大声で名前呼ばれたからびっくりした!


「この服、変?」


 五十嵐麗奈の頬はいつしか朱に染まり、もじもじしながら俺に問うてきた。俺は再び視線を彼女の方に戻したが、向こうは顔をうつむかせて、指を組んでいる。


 なんなのこの状況。


 戸惑いつつも俺は、なるべく冷静に五十嵐麗奈に言葉をかける。


「い、いや。よく似合っている思うよ。白黒が対比していて、バランスがよく取れたって感じかな」


「あ、ありがとう…」


 五十嵐麗奈は震える声で、そう答えてから、自分のワンピースの裾を両手でぎゅっと握り込んだ。


 この前、五十嵐麗奈に呼ばれて梅田で待ち合わせをした時も、黒いワンピースを着ていたが、こんなフリフリがついているゴスロリ系ではなかった。なので、俺は気になることを聞くために口を動かす。


「そういう系の服、好きだったりする?」


「う、うん…」


 そう小さく返答する五十嵐麗奈のこわばった表情は、次第に緩み、いつしか目尻と広角をそっと釣り上がった。


「お腹すいているでしょ?ピザ届いたから一緒に食べよう。中へどうぞ」


「それじゃ、お言葉に甘えて…」


 闇と混沌こんとんが渦巻く魔窟まくつへと進む冒険者のような気持ちで、俺は五十嵐家に足を踏み入れた。


 果たして中には、どういう生き物がきばいて待ち構えているんだろう。


「入るのは勝手だが、出る時は違うぞ」みたいな展開が繰り広げられないように心の中で祈りながら、一歩一歩慎重に慎重を重ねて前へと進む俺。





 

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