第102話 俺は観測者でなければならない。

X X X


 俺と西園寺刹那は家のすぐ隣にある公園でたたずんでいる。周辺を見回すと、小学生らしき子供数人が遊び疲れた様子で各々の家に向かっていた。


 太陽は薄紅色に染まり、象牙色の西園寺刹那のきめ細かい肌を照らした。


「話って何ですか?」


 彼女は俺の瞳をまっすぐ見ながらそう問うてきた。澄み渡るような両目を見るに、俺が何を考えているのか分からないように映る。


 俺は目を逸らし重たい口を何とか動かして返事をする。


「今後のことだけど」


 西園寺刹那はキョトンとしながら目で続きをうながした。そう。これは言わなければならないことだ。これは禍根かこんを残さないための防御策。だから、こういうみ分けは今のうちにするべきだ。いや、もっと前からやるべきだったかもしれない。


「これからは、西園寺は授業に参加してほしくないんだ」


「え?どうして?」


 西園寺刹那は、口を半開きにして俺に再度聞く。俺はなるべく本音がバレないような言葉を再度、選りすぐって、ぎこちなく口を開いた。


「毎度毎度こんなむさ苦しいところに来るのは、西園寺にとって時間のロスなんじゃないかと思ってね。大学って、勉強とか遊びとか恋愛とかで色々忙しいだろ?」


 言ってるうちに、俺は卑屈ひくつな笑みを浮かべていた。学生時代、ひどくいじめられた末、俺が会得えとくしたあの笑みと酷似こくじしている。


「やっぱり、藤本さんはすごいですね」


「え?どういう意味だ?」


 てっきり、彼女は俺の言葉にしたがうか、猛抗議するかのどっちかだと

思っていたのだが、全く予想外のことを言われて、戸惑ってしまった。当惑している俺とは対照的に、前に立っている西園寺刹那は、冷静沈着な表情を浮かべている。


「普通の男性とは違って、下心が全く見えないから」


 西園寺刹那が考える下心が何なのかは全く知らない。が、俺が小学生だった頃、イジメの主犯格となる真司というヤツが五十嵐麗奈に見せた、あの醜悪しゅうあくな感情が下心というものだとしたら、答えは決まっている。


「そう、かもしれないな」


「しかし、それよりもっとタチの悪い何かが感じられますよ。その分厚い仮面の中に」


「っ!」


 驚きのあまりに総毛そうけだってしまった。やっぱり、この子も気づいていたんだな。ことの詳細はまでは流石に知らないだろう。でも、何かがあるのではないかという疑問を投げかけられるほどに、彼女は俺のことを見ている。


「たとえ、何かがあるとしても、それは西園寺とは関係のない話だ。俺は単なるゆきなちゃんの家庭教師であって、俺に与えられた仕事はあの子の成績を上げることのみだ。それ以外の何者でもないんだ。俺は」


 俺はくちびるを震わせながら熱弁をふるった。なんで俺はこの姉妹を前にすると、感情的になるんだろう。


 俺の心の中で、わけの分からない感情が渦巻くのを感じながら、西園寺刹那を見たが、彼女は俺以上に顔をあからめて、目をうるませた。


「藤本さんが、それをのぞむなら、私は次の授業からもう来ません」


「ああ、ありがとう。非常に助かる」


「本当に、藤本さんは変な人です。ずっと前から思ったんですけど、全部がめちゃくちゃだ」


 俺は何も答えることなく、顔をうつむかせた。西園寺刹那は両手でTシャツのすそをぎゅっと握り込んで、悔しそうに俺を睨んでいる。


 俺なんかに感情をぶつけても、エネルギーの無駄使いだ。俺には、それほどの価値がない。価値なんか絶対与えさせない。


 石ころのような存在感でいいんだ。たまに、られたり、投げられたりすることはあるが、引き摺り下ろされたり、はずかしめを受けることはないから。


 だから俺は観測者でなければならない。

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