第101話 西園寺、ちょっといいか。話がある

X X X


 コンビニを出た俺は、家に向かうべく、歩調を早めた。


 だが、ズボンのポケットから妙な違和感が感じられる。一定間隔で鳴るバイブレーション。はて、西園寺姉妹からの電話かな。いや、その可能性は低い。ラインを交換したから、なんか伝えたいことがあれば、グループチャットを使えばいい。


 俺は歩調を緩めることなく、ポケットからスマホを取り出して、差出人の名前を確認する。


 五十嵐麗奈。


 うん?何か用でもあるのかな?と、俺は歩くのをやめて、立ったまま、スライドして、電話に出た。


「もしもし」


「藤本くん。私からの連絡を無視するなんて、いい度胸だわ」


「連絡?」


 そう言って、俺は「五十嵐麗奈からの連絡」というキーワードを脳に送って調べさせた。やがて、脳はある特定の解を見つけて、俺に転送した。ああ。


「昨日のことか」


「そうよ。覚えているのに、返事をしないなんて。もし、違う男だったら、再起不能になるまで罵倒ばとうを浴びせて、すがり付いてきても、思いっきり踏みつけて二度と近づけないようにメンタルを寸刻みのミンチ状にしていたわ」


「こ、怖い」


 そう言った俺は条件反射的に電話を切って、ポケットに入れた。まじで、なんなのこの女。


 怖すぎて、連絡先消したくなるじゃないか。


 体が震えてきた。それと同時に、携帯もまた震えてくる。俺はものすごく嫌な顔でまた電話に出る。


「もしもし」


「安心して。藤本くんは特別だから、普通の男のように接したりしないから」


「そ、それは助かる…」


「でも、男から連絡を無視されたのは初めてだから、不思議な感じね」


「すまん。色々あってだな」


「色々ね。ところで、明日、時間あるのかしら?」


「まあ、17時以降ならばな」


「私は18時に仕事終わるから、私の家で反省会をやりましょう」


「え?五十嵐さんの家で?」


「ええ。そうよ。住所は後で送るから。じゃそのつもりで」


「おいちょっと待って!」


 五十嵐麗奈は、俺の声なんか全く気にすることなく、電話を切りやがった。


 ただでさえ疲れているのに、明日もまた、人とまじわるのか。会社を辞めて、西園寺姉妹に出会う前までは、粛々しゅくしゅくとそれなりに幸せな時間を過ごしてきたのだが、今は完全に俺の人生はブラックと化した。


 ため息しか出てこない展開尽くしで、顔を歪ませていると、携帯がまた鳴った。今回は、電話ではなくラインのメッセージ。


『お兄ちゃん!どこ?』


 ゆきなちゃんからのメッセージ。文面から察するに、すでに俺の家に着いた模様。


 俺はぎこちなくスマホを操作し、返事をした。


『すぐ行く』


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 家の近くにある路地裏に着いた頃には、西園寺姉妹は、すでにマンション近辺で俺を待っていた。8月も終わりの方へ向かっているが、暑さは相変わらず猛威もういふるっているため、露出の多いラフな服装だ。昨日のUSJでのファッションと比べたらえらい違い。


「お兄ちゃん!」


 ゆきなちゃんは俺の姿を発見した途端とたん、手を上げて挨拶した。西園寺刹那もゆきなちゃんにならい、微笑みながら胸元で小さく手を振っている。


 くれなずむ斜陽と相待って彼女らは実に眩しい。本当に理想と呼ぶにふさわしい姉妹だ。だから俺は身の程弁えるべきだ。


 俺に与えられた任務は家庭教師としてゆきなちゃんの成績を上げることのみ。それ以上の関わりは、俺にとっての呪いになるだろう。


 意を決した俺は手を振りながら歩み始める。


「ごめん、待たせたな」


 そう言いながら俺は西園寺刹那に眼差しを送った。彼女の瞳はいつまでも澄み渡っていて、世の中の全ての事象を歪ませることなく映すように綺麗だ。


 俺はこの姉妹と合流し、家の中に入った。


 昨日はUSJでの出来事もあって、疲弊ひへいしきっていたが、授業があるので、力を振り絞って料理を作っておいた。今日のメニューは肉じゃが。俺の得意調理だ。


 俺は素早く火をつけて土鍋を温める。それから皿をセッティングし、ぶくぶくしてきた肉じゃがが入っている土鍋を俺の部屋にあるテーブルにそっと置いた。


 姉妹は、俺に礼を言ってから、肉ジャガをむさぼり始める。刻一刻と迫ってくる西園寺刹那との別れに備えて、俺は適切な言葉を頭の中で選りすぐっている。


「ごちそうさまでした」


「美味しかったよ!お兄ちゃん!」


「ありがとう」


「お皿洗いますので、持って行きますよ」


 西園寺刹那がお皿を片付けようとしたが、俺はそれを手で制止した。すると、彼女はキョトンと小首をかしげながら俺を見る。


「西園寺、ちょっといいか。話がある」









 

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