第71話 西園寺、もしかして怒っているの?

 青山かほは、軽快な足取りで中に入ってきたが、やがて、この姉妹の存在に気づき、あっていう短い声を漏らしてからたたずむ。


 一瞬、静寂せいじゃくが訪れた。客のないコンビニで流れる妙な空気。この3人はきっと初対面のはずなのに、まるで面識でもあるみたいに互いを見つめ合っている


 西園寺せつなは口をキリリと結んでねたように青山かほを見つめている。ゆきなちゃんは、西園寺せつなの後ろに隠れて青山かほを悲しい顔で見ている。そして青山かほは、最初こそ戸惑いの色を帯びていたが、やがて口角と目尻を釣り上げて前にいる姉妹に視線を送る。なんだかすごく気まずいんですけど?


 いつ終わるのやらとソワソワしながらこの3人を交互に見ていると、青山かほは、長い脚を動かして俺のいるレジにやってきた。ショートパンツをはいているため、健康美溢れる褐色の美脚はより目立つ。


「先輩、お疲れ様っす」


「ああ。お疲れ」


「んじゃ着替えてくるんで」


 そう言い捨てて青山かほは、更衣室へと消えて行った。別に問題になりそうなシチュエーションではないのだが、喉に何かがつっかえる気分だ。なんだろう。と、考えながら西園寺姉妹に目を向けると、この前のひがしむら珈琲店で見せた冷たい視線を二人は俺にまた送っていた。俺は、なんぞやと顔をしかめて考えるそぶりを見せると、西園寺せつなは目をふいっと逸らして、そのままゆきなちゃんと外に出る。


 俺はぼーと西園寺姉妹が通った自動扉を見るともなく見ていると、まもなく、着替えを済ませた青山かほがやってきた。早く連絡事項を伝えて上がるとしよう。


「先輩」


 青山かほは俺より先に口を開いた。


「めっちゃ綺麗な姉妹っすね」


「まあな」


 やっぱり他人が見てもあの姉妹は別格だよな。と、納得顔で答えたが、青山かほは、さっき西園寺せつなに見せたのと同じく目尻と口角を釣り上げて、小悪魔っぽい口調で言う。


「なんの関係っすか?あっ、もしかして、あの小さな子って二人のこどm…」


「どう考えても違だろ。小さい子、ゆきなっていうんだけど、その子の家庭教師をしているんだ。俺が」


「へえ、そうなんすか?」


「そう」


「へえ」


 青山かほはおどがいに指を当てながら何かを考える仕草を見える。


 このままだと青山かほのペースにまた巻き込まれるのは目に見えている。えいっ!連絡事項連絡事項。


「それより、俺もう上がる時間だから」


「あ、すいません!連絡事項がまだでしてね」


 ふー。やっと解放されるのか。


X X X


 青山かほに短く連絡事項を伝えたのち、着替えを済ませてから、コンビニを出た。


 俺が周りを見回すとゴミ箱とは反対側にあるかげに暑さをしのいでいる西園寺姉妹が視界に入った。二人もまた俺の存在に気づき、手を振ってくれる。物陰で身を潜めていたとはいえ、こんな炎天下だと、どうしても汗をかいてしまうものだ。


 俺はこの二人に近づいて、持ってきたスポーツドリンク二つを渡した。


「あ、ありがとうございます!」


「暑かったよ」


 二人とも、遠慮せずに受け取ると、すぐふたを開けて飲み始める。どうやら本当に暑かったらしい。まあ、今日も30度超えの真夏日だし無理もない。


「家のエアコンで涼もうか」


「うん!行こう!」


 俺の提案にゆきなちゃんは目をしばたたかせながら食いついてきた。西園寺せつなも、無言の頷きで同意してから俺たち3人は歩き出す。


 8月も下旬に差し掛かろうとするが、太陽は熱気を出し惜しみせずに送り出していて、俺は肌が焦げ付く感覚を如実に感じている。げんなりしながら思わず二人の様子をチラッと見てみた。


 不思議にことに、さっきのヘタっていた様子は一切なく、ゆきなちゃんは鼻歌混じりにテクテク歩いていて、西園寺せつなもいつもの調子で歩いてはたまに俺をギロリと睨んでくる。ふむ。つまり、西園寺せつなは元気になれば、俺を睨んでくるってことか。


 まあ、以前からずっと気になっていたこどでもあるし、これは授業に問題を来しかねないことでもあるので、やっぱり確認しておいたほうがいいだろう。


「西園寺」


「え、は、はい!」


 突然呼ばれて、慌ただしい様子を呈する西園寺せつなに、俺は気になっていることを口にした。


「もしかして怒っているの?」


「え?い、いいえ!そんなことはないですけど…」


 西園寺せつなはせわしなくキョロキョりしながら返事をするが、最後はどもって聞き取れなかった。なんか胡散臭い。


 






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