第56話 男よけとしては都合が良かったかのか

 思わず余計なことを言ってしまった。いつも自分の本音を言って相手の気分を害することは俺の悪い癖だ。きっと、思いっきりきっと見つめながら罵詈讒謗ばりざんぼう言いにくるに違いないだろう。


 俺は最後の晩餐ばんさんを済ませた処刑人のように悟った顔をしていると、予期せぬ笑い声が聞こえてきた。


「ぷふっ!」


「ああ、今のはだな!その!」


「やっぱり藤本先輩は、胸大好きっすね!」


 青山かほは目尻と広角を釣り上げてまるで煽るような視線を俺に向けてきた。だが、これは、ついさっきパリピたちが見せた値踏みするような視線ではない。昔、俺をいじめてた小賢こざかしい連中のあれと比べても本質的に違う。


 だとしたら、目の前の笑顔は一体なんだっていうんだ。


「否定できん」


「ふふふ。先輩って面白いっすね」


「何がだ」


 俺は戸惑いを必死に隠すべく後ろ髪を引っ掻いてから言った。だが、その行動が返って逆効果だったらしく、青山かほは、俺との距離をより一層詰めて、自信満々な口調で言葉を紡ぐ。


「最初見た時は、普通に目怖くて、仲良くなれるのかどうか心配したんすけど、今はそんな心配はこれっぽちもないっす!」


「そ、そうか」


「そうっすよ!」


 青山かほは幼気な子供のようにニコぱっと満面に笑みを浮かべて俺を見つめている。あたかも、この世の悪を知らないとでも言わんばかりの面持ちだ。だから怪しいのだ。このけがれを知らない顔面の奥底には一体どんな闇が潜んでいるのか。俺はそれが知りたい。


 まあ、大体予想はつくが。けど、本人のお墨付きをもらわないと、単なる俺の早とちりか誇大妄想に過ぎないのだ。


 俺は気持ちを切り替えるべく、ふーと長いため息を吐いてから、指先を動かして特定の場所を指し示した。


「ここにしよう」


「はい」


 ここはスタバではないが、なかなかオシャレなインテリアが施されていて、女子受けしそうな感じのカフェだし、問題はなかろう。


 俺が先陣切って入口の中へと足を運ぶと、笑顔を崩さずにいた青山かほも長い足を動かし、俺の後ろをついてきた。


 俺たちは軽く注文を済ませてから二階フロアにある二人用のテーブルに腰掛けた。


 俺の前には、先頼んでおいたノンカフェインのフルーツジャスミンティーが。青山かほの前には黒糖ミルクタピオカが置いてある。


 俺はストローを使わずに、被ってある蓋を外して、口で飲んだ。それと引き換え、青山かほは、無駄にでかいストローを使ってさも幸せそうに吸っている。


 ていうか、タピオカって無駄に女子たちに人気多いけど、なんでなの?俺も試しに飲んだことあるけど、渡されたやたら幅の広いストローで吸うと、中の丸い餅も一緒に飛んできて、そのまま俺の喉に直撃してむせて吹いたことがある。


 最近の若い女子ってその辺のコントロールってちゃんとしているのかな。できるのならすごいな。


 人は何かを食べる時に喋らない生き物だ。ことに、礼儀作法が厳しいと言われている日本においては尚更なおさらのこと。


 逆説的に言うならば、食事中には喋らなくてもいいということが言えるわけだ。


 つまり、この静寂しじまは決して不自然なことではない。だが、目の前にあるのは、カロリーのある料理ではなく、単なる飲みのも。つまるところ、一口飲んだら、この静寂の存在の妥当性はなくなる。つまり、超気まずい。


 青山かほは、俺が何を考えているのか、気にも止めてないらしく、笑顔のまま口を開く。


「それにしても、人をよく殴りそうな顔ってなんですか?ふふっ」


 青山かほは、面白おかしいものでも見ているかのような表情で俺に問うてきた。


「文字通りの意味だよ」


 俺が微苦笑混じりに答えると、青山かほはエクボが見えるほど笑えんで、また問いかけてくる。


「先輩って人を見る目ありますね。目腐ってますけど」


「一言多いぞ」


「すいません!」


 青山かほはバツが悪い顔で自分の拳で頭をそっと叩いてから、黒糖タピオカの入ったプラスティック製コップに手を伸ばした。見た目で人を判断したらいけないとお母さんに習わなかったのか。てか、俺もさっき雄介という三流ホストっぽいやつを見た目で判断した時点で同じ穴のむじなだよな。


 まあ、それはともかくとして。俺は、確認しないといけないのだ。彼女の本音を。


「なあ」


「うん?」


「そろそろ話してくれないか」


「何をですか?」


 俺の言わんとするところをまるで把握してない反応だ。いや、わざと隠している可能性だってある。


「男よけとしては都合が良かったのか。俺は」

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