第57話 藤本悠太は逃げそこなう
さ、どうする。君はどんな反応を示すのか。開き直って、自分は無実だと、なんの罪もないと、むしろ俺が間違いだと主張するのか。世の中の大半の人はきっとそう出てくるだろう。責任を取りたくないから、他人を
「そのつもりはなかったんですけど、結果的にはそうなっちゃいましたね」
そう言って、青山かほは、ぺこりと頭を下げる。
「申し訳ないです」
今までの堂々とした態度が嘘のように、か細い声音で謝罪の言葉を発する青山かほ。だが、これは俺が望んだ流れではない。
「なんで謝る?謝れることをされた覚えはないよ」
「だ、だって」
「あんな三流ホストっぽいキザったらしいダサ男と絡まれたら誰だって逃げたくなるだろ。くっつき虫みたいに絡んでくるからね」
俺の理路整然とした言葉を聞いた青山かほは、はっと顔を上げて
「ひどい物言いですけど、反論できないっすね」
「だろ?」
俺の力説が功を奏したらしく、青山かほは納得顔でうんうん言いながら、頷いた。それから、彼女は黒糖タピオカを手に取り、思いっきりストローを吸った。飲み終わって唇からストローが離れると、唾液が糸を引くが、見て見ぬふりをしよう。
「でも、実際先輩に迷惑かけたのは事実だし、誤解が広まらないように、私からあいつらにきちんと言っときます」
「お、おう。頼むぞ」
てか、別にあのパリピと絡むことないからどうでもいいけどな。問題があるとしたら、青山かほの方だろう。俺は友達がないから、メンツとか体裁など特に気にしないが、彼女は違うだろう。友達も多そうだし、何しろ綺麗だから群がる人も多かろう。そういう人々に間違った認識や情報を与えてしまったら、取り返しのつかないことになる恐れがあるのだ。
「やっぱり、藤本先輩は面白いっすね」
「俺が面白いなんて、君も変わってるな」
「別にかほでいいっすよ」
「え?」
「かほ」
青山かほは、いきなり前のめり気味に体を乗り出すと、頬杖をついて興味津々な眼差しを俺に向けてきた。
いや、女の子を名前で呼ぶという上級者向けスキルなんか俺にできるかよ。まじで。
「青山くん」
「かほですよ。かーほー」
「く、か、かほ」
「はい。よくできました!ぱちぱち」
一瞬でできてしまった。てかこれ何?俺って言葉を学ぶ赤ちゃんなの?まあ、確かに女の子の名前すらろくに言えない俺ってコミュ力赤ちゃん並みだよね?
俺は気を取り直すべく、軽く咳払いをしてから青山かほに言葉を発する
「かほも大変だね。あんなの相手にしないといけないなんて」
「ほとんどはキツく言うと、下がるんすけど、一部はしつこく絡んでくるんですよね」
と、青山かほは、明後日の方向に視線をやると、苦い笑みを浮かべて、ため息をついた。
雄介という男の子に限らず、バラエティに富んだ様々な男の子から、いろんなアタックを受けてきたのだろう。雄介に見せたあの表情も、初めて作ったという感じはしなかった。むしろ、慣れたって感じかな。
結局のところ、この子は男女関係においては、多種多様な経験を積んできた百戦錬磨なのだ。つまり、俺の敵。
俺はすでに氷が溶けだフルーツジャスミンティーを飲み干してから宣言する。
「俺、そろそろ帰るわ」
「え?もう?」
以前、西園寺家に招かれた際に使った手法を披露する時がきたようだな。
俺は、生まれつきの鋭い動きで自分のコップを持って立ち上がり、たたたっと足早に立ち去る。後ろからは「ちょっと」やら「先輩」やら戸惑いの声が聞こえた気がするけど、スルーしてコップを店員に渡してから、店を出た。
それから俺は素早く携帯を広げて連絡先と書かれたアプリを立ち上げた。そこにあるのは、4人の名前。コンビニ店長、西園寺せつな、ゆきなちゃん、青山かほ。
俺は青山かほのところをタッチしゴミ箱模様のアイコンをタッチした。
『青山かほの連絡先を削除してもよろしいでしょうか?』というポップアップが出てきて、早速『はい』と書かれたボタンに手を近づける。
よし。これで青山かほという存在を消すことができる。そもそも、あの遊び慣れた感じの女の子なんか、どっかの勝ち組のイケメン男と
わざわざ初心者の街にきて、
俺は青山かほに対して全力でディスるが、突然、悲しい事実が俺の
あの子って同じコンビニで働くんだったよな。
全然逃げたことにはならないじゃねーか。
俺が避けられない事実に
『藤本先輩、月曜日、コンビニでまた会いましょうね笑(今度は逃しませんよ)』
な、何なんだこの文章は!?最後のは以前、西園寺せつなが恐ろしい形相で放ったあれと完全に一致してますけど!?
本当にどうなってんのこれ?
西園寺せつなといい、青山かほといい、ろくな人間ではなさそうだ。もっとも、自分のことを棚に上げて言えた義理ではないと思うのだが。
「やっぱり人間関係は嫌だな」
俺は絶望のため息を一つついてから青山かほの連絡先を消すことを諦めて、携帯をポケットにしまうのだった。
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