第55話 胸、柔らかかった

「喧嘩売ってんのか!はあ!?」


 ホストっぽい男の子は、俺の返事を聞くや否や剣幕けんまくまくし立ててきた。


 これは、返って逆効果だったようだな。マジでどうしよう。普通に怖いんだけど?

 

 これ以上、詰め寄られたら、警察でも呼ぼうか。別にこれしきの威嚇で脅迫罪にはならないと思うのだが。


 危殆きたいひんすることになりかけた俺は少し後ずさってしまった。これは完全に主導権握られたパータンだよね。やばい。どうしよう。


「ぷはははは!」


「ほんますごい。当たりすぎて怖いな」


 絶体絶命の危機に思い惑う俺の耳に、男二人の声が聞こえた。


「いや、確かに雄介ゆうすけは昔から人よく殴ってたりいじめたよな?」


「それな!見ず知らずの他人に一発でバレるなんて、ほんま受ける!ぷっ」


「おいお前ら!何言ってんだ」


 笑いさざめく二人に雄介というホストっぽい男の子があわあわする様子で言い返した。さっきまでの物々しい空気は一瞬にしてなくなり、手をブンブン振りながら反論する雄介という男の子の醜い姿があるだけだった。


 やっぱり、俺の予想は的中したか。虐め経歴十年の「虐め一級鑑定士」であるところの俺をナメちゃ痛い目にあうよ?


 と、俺は安堵のため息をついて、体の震えをなんとか止めようと深呼吸を繰り返しているが、俺の横でこの光景をじっと見つめていた青山かほは、物凄い形相で雄介とやらを睨んでいる。彼女の目は、ギロリと音がするほどに鋭い。


「かほちゃん!こ、これは、違うんだ!俺は!」


「あんた。マジでうざいから二度とあーしの前に現れないでくれる?」


「え?!」


「本当のウザいんだよ。もう一度近づいてきたら、通報するから」


「ちょ、ちょっと、かほちゃん!」


「先輩、行きましょう」


 放射能廃棄物を見ているかのような視線を雄介に送ってから、俺の方に向き直った彼女は、そのまま俺の腕を思いっきり引っ張ってこの場を後にした。今起きた信じがたい風景に頭が追いついていないので、俺は口をぽかんと開けてたままだった。


「おい雄介、あんたと、青山さんとじゃ釣り合わねえから諦めるしかないでしょ!」


「そう。理想高すぎだろお前」


 後ろからは、両端にいた男の子二人が雄介をなぐさめる声が漏れ聞こえる。


「てか、ゆうすけっちっていじめっ子だったの?」


「まじ引くわ。女と付き合っても、暴力ふるうの?」


 かてて加えて、女性陣の華麗かれいなる罵倒ばとうが続く。


「すみません。先輩」

 

 依然として、俺の腕を思いっきり掴んでいる青山かほはボソッと謝罪の言葉を口にした。


 普段なら、すかした顔で「別にいいよ」やら「気にすんな」といったどうでもいい言葉で誤魔化したと思うのだが、今回に限っては言葉が出てこなかった。


 出てこないというよりかは、胸につっかえる違和感があまりにも強すぎて、言うのを忘れてしまったといったほうが正しいかもしれない。

 

 俺たちは無言のまま、再びセンター街に戻ってきた。神戸三宮阪急ビルあたりのカフェで適当に時間を潰す予定だったが、どうやら、さっきのパリピ集団も同じところに向かっているようだったし、来た道をお戻るというのは、おそらく最適解だったのだろう。


「良さそうなカフェ見つかったら、そこ入ろうか」


「は、はい!」


 沈黙一辺倒だった俺が小声で青山かほに提案すると、彼女は、驚いた様子で体をのけぞらせてから、うわずった声で返事をした。


 それから、俺はずっと気にしていることを青山かほに伝えるべく、再び口を開いた。


「あのさ」


「はい?」


「腕、ほどいてくれないか?」


「あっ!すみません」


 すると、青山かほは、ものっそいスピードで腕組み状態を解除し、俺との距離を少しとってから歩く。


 まるで、さっき見せた強面こわもてが嘘ではないかという錯覚に陥るほど、俺の隣を歩く青山かほという女の子は動揺している。


 もちろん俺も結構動揺している。


 でも、一つ確かなことがある。


 腕組んだ時感じだ、青山かほの胸、超柔らかかった。

 

 流石に、この感想を隣にいる本人に直接伝えたら、間違いなく、俺も雄介と同様、虫けらを見るように睨まれることだろう。


「先輩、大丈夫ですよね?」


「う、うん。むしろありがとう!」


「え?な、なんでですか?感謝されるようなことはしてないんですけど…」


「え?そ、それは、だな」


 青山かほは足の動きを止めて、キョトンと首をひねた。この表情が妙に小動物じみていて、なんとも言えない。


 いったら、殺される。言ったら人間クズ扱いされる。云ったら、


「腕組みした時、胸、柔らかかった!」


 一体何を言ってるんだ俺は!


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