第52話 焼きそば超うまいっすね!

「か、彼女?」


あにはからんや、こんなことを聞いてくるとは。


 俺は突然すぎる青山かほの問いに口ごもってしまった。射抜く視線は、逃げることを断じて許すまじとでも主張するかのように鋭い。完全に俺は青山か漂わせる雰囲気に圧倒されてしまった。

 

 普段のだらしない態度と比べてあまりにもギャップがありすぎて、どんな接し方をすればいいのかわからない。頭がまっさらな状態だ。

 

「ご注文のぼっかけ焼そば大盛りと並です!」


 どう答えたものかと頭を悩ませているうちに、無駄に元気のいい店員さんが、頼んでおいた焼そばを持ってきてくれた。すると店員は、小気味よく、俺たちの鉄板の上に、見るからに美味しそうな焼そばをそっと置いてから、他のお客さんの対応に当たる。


 目の前の鉄板にはぐずぐずと実に美味しそうな音を立てて味覚を刺激する芳しい匂いを発するぼっかけ焼そばがある。

 

 しかし、青山かほの視線はずっと俺をロックオンしたままだ。

 

 俺は気を取り直すためのため息を一つついてから、前髪を掻き上げた。別に目に刺さるほど長いわけではないのに、無意識にやっていた。


「そんなのいない」


「そうっすか」


「うん」


 俺は青山かほから目を逸らすと、割り箸でぼっかけ焼そば大盛りをつつく。どうして俺は動揺しているのだろう。する理由なんてどこにもないというのに。


 だから俺は人間関係が億劫だ。全然予想してないところからとんでもないことが起きたり、得体のしれぬ感情が訪れたりと。自分が嫌いになりそうだ。


「この前コンビニにいた女の子は?」


「早く食べないと焦げるぞ」


「はーい」


 この子は、俺をただからかいたいだけなのかな。


 まあ、こんな仕打ち、昔、虐められてた頃と比べると別に大したダメージではないのだが、どうしても解せないのだ。 

  

 一体この子はどんな目的を持っているのだろう。端緒たんしょが少なすぎる。もっと様子を見てから突き止めるとしよう。


 と、思った俺は、割り箸でアツアツ焼そばをつまんで口の中に運ぶ。


「うま、」


「やば!超うまんすけど!なにこれ!本当に焼そば!?」


 俺の感想は、青山かほの歓声によって完全に埋もれてしまった。


 たった一口食べただけであの反応。そんなにうまいの?いや、うまいよな。なんなら、ここのぼっかけ焼そばを初めて食べた日にタイムリープしてもう一度食したいまである。


 確かに、何事においても、初体験は特別で格別だよね?わかるよ。その感動。


「でしょ?横にあるスパイシとかマヨネーズをかけて食べてもうまいぞ」


「本当っすか!?」


 青山かほは生き生きした様子で、横に置いてある赤いスパイシー粉を手に取り、自分の焼そばにかけ始める。数秒、数十秒間、辛そうな粉末が褐色の焼そばに積もっていく。おい、そんなにかけるのか。焼そば見えなくね?赤い粉末の山になってんぞ。


「辛いの好きなのか」


「はい!めっちゃ好きっす!」


 見ているだけでも、冷や汗をかきそうなビジュアルを誇る青山かほの焼そば。それを狼狽うろたえる素振りなんか全く見せず、口に入れる。俺が食べたら絶対お腹壊す自信がある、


「超うまいっすね!」


 満足げな笑みを浮かべてカラフルな焼きそばを楽しむ青山かほ。俺も負けじと下が焦げかけているぼっかけ焼きそば大盛りを思いっきり堪能した。


 俺たち二人を取り巻く妙な空気は、いつしか掻き消され、残るは、店員が作っている焼きそばの躍動感溢れる動きと客の咀嚼音そしゃくおんだけ。完全に背景に溶け込んだ俺たち二人であった。 


 怪しい視線も憂いも心配事も、ぼっかけ焼きそばとともに深淵しんえんに流そうではないか。

 

 少なくとも、美味しく食べられるだけの食欲はあるのだから、今に感謝。

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