第53話 藤本悠太は「視線」を鑑定する

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 俺たちは静かなる食事タイムが終え、青山かほの提案により、スタバ目掛けて歩いている。


 彼女曰く、最近、三宮の中心街には神戸三宮阪急ビルという複合施設が開業したばかりで、その一角に新たなスターバックスが入店したとのことだった。


 確か、バイト先のコンビニに向かう途中で何かしら工事する音が聞こえた気がする。最近は聞こえなかったのだが、どうやら完成したような。


 というわけで、俺たち二人は、センター街を通り抜けて、EKIZOという二つ名を持っている神戸三宮阪急ビルへと歩いている。歩くといっても、せいぜい2、3分程度の距離だから、実質すぐ隣って感じた。


 俺たち二人は、交差点に差し掛かり、横断歩道で信号を待っている。スマホの時計で現在時刻を確認すると、12時50分を指していた。太陽が相変わらず猛烈な光を送り続けていて、周りの人々は、汗をかいたり、手を扇子がわりにパタパタしている。俺たちももちろん照りつけてくる真夏の直射日光に抗うすべもなく、あつあつ言いながら早く青信号に変わることを願った。


「いやーほんま、かほちゃんもきたらよかったんだけどな」


「マジそれ!」


「いや、あんたたち、かほ狙いすぎてマジきしょいけど」


「そうそう!きしょいきしょい!」


「まあ、そんな後悔しても無駄だし、5人でもっと楽しく遊ぼうぜ!」


「遊ぼうぜ!遊ぼうぜ!いえい!」



 隣でいかにもパリピみたいな口調の男女5人がわいわいはしゃいでいる。俺がふと、視線をチラッと送って様子を見てみると、男3人女2と、全員いかにもリア充(ヤンキー、ギャル)っぽい外見の人々が信号を待っている。俺は思わず肩をすくめた。正直に言って、青山かほ一人すら手こずっているというのに、あんな集団がかかってきたら、俺はひとたまりもないだろう。不覚にも後ずさってしまった。


 俺は仕切り直すように吐息を漏らして青山かほの顔を横目で見る。すると、彼女は、顔を思いっきり引きらせて、俺以上に困り果てている。汗とも冷や汗ともつかない透明な液体が青山かほの頬を伝い、ぽつりと地面に滴り落ちた。


 なんなんだこの子は。さっき見せた挑発するような態度が、まるで嘘のような深刻な表情を浮かべてはくちびるを噛み締めている。


 って、待ってよ。さっき、かほちゃんって言ってなかったか。


 杞憂きゆうや思い過ごしという単語ほど残酷なものはない。なぜなら、俺の人生において、この単語が意味をなしたことはほとんどなかったから。


 つまり、俺の抱いている「まさか」という不安はそのまま現実となってしまった。


「え!かほちゃん!」


「ま!?かほっちだ!」


「こ、こんにちは」


 パリピの群にいた女の子二人が青山かほを見るや否や、戦慄の表情を浮かべて話しかけた。それに対して青山かほは、めんくらったようにおっかなびっくり挨拶を交わした。


 でも問題はそれだけではない。お互い挨拶を交わし終わった途端に、このパリピ二人は俺に猛烈な視線を送ってきた。それと同時に、突然の出来事に目をパチクリさせていた男性陣3人も、俺に眼差しを向ける。

 

 俺はこの視線の正体をよく知っている。まず、この視線を定義するためには、男女に分ける必要があるのだ。


 まず、女の子が向けている視線から行こう。

 

 この視線は、この前、西園寺家に招かれたとき、西園寺京子(西園寺せつなとゆきなちゃんのお母さん)さんが俺に見せたあれと酷似こくじしている。俺がコンビニでバイトをすると言った途端に西園寺京子さんは、まるで線引きでもするかのように俺を見つめていた。


 つまり、人を値踏みするような眼差しを、あの二人も俺に送り続けている。青山かほと一緒にいる男はどういう人なのかを突き止めるべく放たれた鋭い眼光。今晩のガールズトークの話題にされること必至ですねこれ。やだ。女の子まじで怖い。てか、こういうの普通に考えつく俺の方がもっと怖いんだよね?


 まあ、要するに、偏った価値観で人を勝手に判断評価するための視線と定義づけよう。


 かたや、男性陣の方はもっとたちが悪い。


 何が悪いって?そりゃ見ればわかる。


 まるで、獲物を横取りされたかのような、怒りにも似た感情が秘められている瞳。俺をいじめていた連中とよく似た表情で俺を見つめている。人をいじめる時には、法悦ほうえつに浸る表情になるが、自分の思い通りにならない時には、ああいうみにくい顔で他人のものを傷つけようと虎視眈々こしたんたん狙う。


 幸いなことに、物理的に殴られるのは現実的に起こり得ない。人通りの多い繁華街はんかがいだし、防犯カメラも多数設置されているから、拳にものを言わせようものなら、即通報、即逮捕という結末は火を見るよりも明らかだ。


 だから、ああいう攻撃的な視線を送って心の中で、俺を貶す口実を探していることだろう。


 つまり、あれは俺をいじめて引き摺り下ろすためのドス黒い視線とでも定義しよう。


 男女両方、ろくなもんじゃないな。


 でも、この手の視線には慣れているし、そも、俺は単なる石ころなので、てめえらの既得権争いには興味はないのだ。


 俺がこのパリピ集団に思いを巡らしていると、とても小悪魔っぽい女の子一人が青山かほに近づいて目を細めながらいう。


「こんなイケメンとデートだなんて、やっぱりかほちゃんは住む次元が違うのね?」


 と、言って、顔を俺のところに向けて、わざとらしい笑みを見せてきた。それから、後ろで俺をめつけていた男性3人に向き直って神経を逆撫でするような挑発的な視線を送る。


 うん?イケメン?そんなやつどこにいんの?この子ふざけてんのか。てか普通に怖いんですけどこの子も。

 

 殺伐とした雰囲気に包まれた三宮駅前交差点。


 この見えない戦いの結末はいかに。


 

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