第47話 待ち合わせ


 たとえ、想定外のことが起きても、俺の日常に目立った変化は無い。青山かほと遊ぶ約束をしたとしても、普段通り朝ごはんを食べて、顔を洗って、余った時間を利用して、プログラミングやゆきなちゃんの授業内容を考える。至ってシンプルな日課。友達ゼロであることろの俺は、土日には特にやることがないのだ。打ち込む趣味はあるのだが、かといって、それを最優先するというこだわりなどない。


 無機物のような存在。それこそ俺が目指す目標なのだ。側から見たら、自我のない人間と突っ込みを入れたくなるかもしれない。そもそも、俺は友人関係というものが成り立たない人なので、俺を側から見る人が果たしているのか、甚だ疑問である。


 しかし、いくら他人に見られないステルス機能が備わっているとしても、わざわざ悪目立ちすることはない。


 なので、一応、身だしなみには気を使っているつもりだ。清潔感を保つことと、外見は人生においてとても重要な要素でもある。


 人は「見る」生き物だ。美しいものを見れば、それを奉り、偶像化する。自然が美しい日本においては、自然にまつわる多くの神が存在する。古代ギリシャにおいても、自分の願望を叶えてくれそうな美しい存在を「エイドルン」と呼んだ。これは後に我々がよく使う「アイドル」の語源となる。


 つまり、人々は外見や見てくれを重んじて、場合によっては有り金を全部使い切ることだってある。整形手術とか。


 俺はどうなんだろう。テレビに出てくるジャニーズなんかのキラキラした外観を自分に求めたりはしない。でも、あまりにも地味すぎる見た目もちょっとどうかなと思う。


 なので、ヘアスタイルとか、服装には俺なりのスタイルが存在する。


 今日は黒い系のTシャツに明るい色のジンズ。裾からはみ出るロングタンクトップがチャーミングポイントだ。


 派手ではないが、ダサいとまでは言われないバランスの整った夏コーデだと思う。


「こんなもんでいいか」


 出かけるための支度を終えた俺が時計に目をやると、10時30分。家を出るには丁度良いタイミングだ。


X X X


 土曜日の三宮のセンター街は言うまでもなく凄い人出だ。11時から営業を始める店が多いため、オシャレなお店なんかはすでに長蛇の列ができている。朝早くから並ぶほどの価値があるのかどうか分からないけどね。


 俺は待ち合わせ場所であるマクドナルド目掛けてひたすら足を動かした。もうすぐ太陽も真上に浮かぶ頃合いなので、センター街の中も汗をかくほどむし暑い。


 まもなく、異様に目立つマックの赤い看板が姿を現した。その下には異彩を放つ金髪の女性、青山かほが佇んでいる。彼女も俺の存在を確認して、手を振りながら挨拶してくる。


 真夏日を意識してか、この前コンビニで見た時と似たような服装だ。白いショートパンツに黒系のTシャツ。


 上半身は黒に包まれたため、胸のラインはそんなに強調されたりはしない。だからこそ、健康美溢れる長い足のラインが魅力的に目立つ。


「藤本先輩」


「ああ、こんにちは。待たせたか」


「いいえ。あたしも来たばっかなんで」


 青山かほは挨拶を済ませると、眉根を顰めて俺の体を舐め回すように見る。な、なんだよこの子は。まるで、本物か偽物か判別する一級ダイアモンド鑑定士じみていて普通に怖いんですけど?


「俺の体に何かついているのか」


「いいえ。なんでもないっす」


「そうか」


 会話が途切れてしまった。気まずい。こういう時どうすればいいんだろう。コミュ力高い系の人はきっと、「今日の服装とてもかわいいよ(笑)」とか「いいお店調べておいたから任せて(笑)」といった、セリフで点数でも稼ぐだろうけど、俺にはそれができるほど器が大きくない。


 対人関係における俺の立ち位置は単なる雑草。確かに存在するけど、特に意味はない。ゲームで例えるならば、開発者が目立たないところに適当に作った木のような存在、それが俺である。


 どうしたものかと若干困っていると青山かほは、俺の顔をそっと覗いてから優しく口を開く。


「行きたい店あんで、そこ行ってから昼ごはん食べましょう」


「お、おう。そうしよう」


 助け舟を出してくれた青山かほは、そっと俺の真横に来ると、控えめな笑い声を漏らしてから言う。


「行きましょう」


 彼女の朗らかな声音につられる形で俺も歩きはじめる。やっぱり疲れるな。まだ始まったばかりだというのに、どっと疲れが押し寄せてくる。


 やっぱり「遊ぶ」というのはろくなもんじゃない。相手が異性だとしたら尚更。

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