第48話 謎の風景と視線

 青山かほは、すらりとした長い美脚を動かして俺を案内してくれた。


 俺は不覚にも隣を歩く彼女の姿を流し見てみる。


 くびれのある体つきからは健康美が溢れるようだ。あと、何より、気になるのが服装。二人とも下は明るく、上は黒い服を着ているため、他人が見ると、どことなく似ているイメージを抱くに足る組み合わせだと思う。


「服装、似てますね」


「そうだな」

 

 どうやら俺だけが気にしていたわけではないらしい。青山かほも俺たち二人のルックスを意識していたのか。まあ、単なる偶然だな。別に深い意味などない。


 青山かほの歩調に合わせてセンター街をしばし歩くと、服屋さんが出てきた。いかにも女性受けしそうな装飾が施されていて、8割ほどが女性で、2割ほどが男性って感じだな。男性は主に彼女に連れてこられたらしく、相槌を打ちながらいかにも幸せそうにショッピングを楽しんでいる。


 つまり、ここは、女性と一緒じゃないと男性禁制のような領域だ。


「ここっすよ」


「ああ」


 青山かほは、この服屋の前でピッタリと止まって指で示した。それから、俺たちは、この入り口の中に入る。


 おしゃれな服をまとっているマネキンがいくつか立っていて、フローラル系の淡い香水のような香りが俺の鼻をくすぐった。


 ほぼ毎日センター街を通るから、この店の存在自体は知っていたんだけど、直接中に入ったのは生まれて初めてた。きっと自分と縁のない世界だとばかり考えていたから、なかなか不思議な気分だ。


 俺は入るや否や、あたりをキョロキョロと見回した。内装と品揃えはどうなのか。従業員と客はどんな人たちなのか。もちろん、これは俺の知的好奇心に基づいた行動だ。未知の世界は十中八九地雷だらけのクソだが、観測してデータを脳内に蓄積するのは案外嫌いではない。


「先輩」


「うん?」


「キョどり過ぎ」


「あ、ごめん」


「まあ、あたしがいるし、別にいいっすけど」


「そうだな」


 さっきのはやっぱりキモかったのか。まあ、目のやばい男が、女性服の店で挙動不審な動きをすると、お巡りさんきて尋問されても文句言えないもんな。俺は、さっきキョロキョロした自分の行動を戒めつつ青山かほを目で追ってみる。彼女は夏の新作の服が並んでいる場所から俺に向き直って話しかけた。


「服、何着か試着するんで似合うやつ見てもらっていいっすか?」


「ああ」


 青山かほは俺の返事を聞くが早いが、よさそうな服を何点か選び始める。


 この光景は、第三者の目からはどう映るだろう。紛れもなくデートのように見えるのではなかろうか。男女が一緒に待ち合わせ場所で挨拶を交わし、二人並んで歩いて服屋に入って、イチャイチャする。しかも、青山かほはスタイル抜群の美少女だ。さっきだって、マックで俺を待っていた青山かほを道ゆく男性たちがチラチラと視線を泳がせて見ていた。それほど、この女は男の視線を独占するほどの魅力がある。


 だから余計に怪しいのだ。


 こんな、リア充の頂点に立ちそうな人間が、わざわざ時間を割いて俺と遊ぶという、現実では起こり得ないことが実際起きてしまっている。


 これはライトノベルに出てきそうな、何の変哲もない主人公がいきなり、美少女に囲まれてハーレム人生を謳歌するストーリではない。強いて言うなれば、ヒューマンストーリー。世知辛い現実を突きつけてくる一編のドキュメンタリーだ。いや、俺の場合は、単なる石ころに過ぎないからストーンストーリーとでも名付けておこう。ていうかストーンストーリーって英語おかしくないか。


 詰まるところ、俺は怖いのだ。何を企んでいるか分からない美少女と行動を共にしているという恐怖。それだけでも、俺の精神がすり減りそうだ。


 勝てて加えて、俺を脅かす存在がもう一つある。


 人の視線。


 実は、マックの前で青山かほに会ってから、怪しい視線と気配を感じた。今だって、悪意ある誰かが俺を見ている気がする。


 いじめられてから足掛け10年。こうもひどくやられると、いやでも人の視線には敏感に反応してしまう。おかげさまで、空気を読む能力までUPできて、いじめられることは無くなったのだが。


 見慣れぬ風景と謎の視線。一体何が起きようとしているのか。


 ぬえのような得体の知れぬ緊張感が全身を駆け巡り、喉に何かがつっかえたような違和感さえある。

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