第44話 青山かほからのメッセージ

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 2日過ぎて金曜日。


 実質2回目となる授業が始まろうとしている。キッチンには、いつものように西園寺せつなが綺麗に洗ってくれた食器が所狭しと並んでいる。


 部屋の真ん中にはお馴染みの炬燵に布団を取っ払った机が置かれていて、俺と西園寺せつな、ゆきなちゃんが座っている。机の上には理科と社会の教科書が置いてある。西園寺せつなは大学の課題を終わらせるべく、ノートパソコンのキーボードでタタタっと軽快感のある打鍵音を鳴らしている。


「授業だ」


「うん」


「なんだか水曜日よりもテンション低くないですか」


 やる気なさすぎる俺とゆきなちゃんの短い会話にノートパソコンで作業をしていた西園寺せつなは手を止めて、俺たちにジト目を向けてきた。


 もちろん、やる気がないわけではない。やるしかないのだ。でも、なんていうの。自分が働く姿を他人に見られるというのが違和感がある。


 コンビニのバイトは、実質、俺一人で働くし、お客は単なるお客。なので、そんなに気疲れとかしない。でも、西園寺せつなという関係者がいる以上、どうしても、気が進まん。


 コンビニで例えるならば、ゆきなちゃんはお客。西園寺刹那は、この女は一体なんなんだ?俺の一挙手一投足を監視するモンスタークレーマーだったりするのかな。


 何はともあれ、この怪しい男の家に幼気な自分の妹を託すのは、生理的に受け付けない。それは言われなくても分かるのだ。俺の働きぶりを値踏みして、家に帰って、自分の両親と俺の粗を探す会を開くというのは想像にかたくない。せいぜい俺の陰口でもいってろ。


「前回と同じパターンでいいよな?」


「うん。それでいいんだけど、社会はちょっと苦手」


「まあ、知らないことがあれば聞いてね」


「わかった」


 そう言って、自ら教科書を開いて、勉強を始めるゆきなちゃん。


 それにしても、ゆきなちゃんは、なかなか頭がいい方と思う。別に勉強に興味がないからやりたくないわけではなく、自分を犠牲にして家庭の平和のためにわざとやってなかったのだ。もちろん、勉強が面倒臭いからやってなかったという部分も多少なりともあるかもしれない。しかし、あの時のゆきなちゃんの顔を見るに、悪ガキどもの言い訳だとはとてもじゃないが思えない。


 人はそれぞれ、苦悩を抱える続ける生き物だ。それが、全く落ち度がないのに与えられたものなのか、それとも、自分が撒いた種によって引き起こされたものなのか。判断するのは極めて難しい。


 実際、俺はなんの関係もないのに、人を虐める集団に目をつけられて、理由なしに殴られたり傷つけられた。


 ゆきなちゃんも自分は悪くないのに姉と見比べられて、レッテルを貼られたとするのであれば、俺の過去と一脈通ずるところがあるのではなかろうか。


 ゆきなちゃんと俺を比較すること自体が第三者からしてみれば、片腹痛くて烏滸おこがましいくて、分を弁えぬことなのかもしれない。


 とにかく、今は授業中だから、家庭教師としての役目を果たさないといけない。と、思って、勉強中のゆきなちゃんに目を見やれば、机の上に置いてある俺のスマホがぶーというバイブレーションを鳴らした。


 気になってスマホのディスプレイを見ると、ショートメッセージが一通届いている。名前は、


「青山かほって誰?」


 いつの間にやらゆきなちゃんが俺の携帯に熱い視線を送りながら言う。


「うん、ああ。バイトの後輩だ」


 俺がゆきなちゃんの疑問に答えると、向い側でノートパソコンのキーボードを叩いている西園寺せつなは、急に手を止めた。


「へえ。この間まではなかったのに」


「え?今なんって?」


 ゆきなちゃんは俯いて何かをつぶやくが、あまりにも小さ過ぎて聞き取れなかった。


「いや。なんでもない」


「そうか」


 妙な空気が漂う中、ゆきなちゃんは勉強を再開する。まあ、別に大したことではなかろう。と思うった俺は、青山かほから送られたメッセージの内容を確認すべく、携帯を手に取った。


 『先輩、土曜、午前11時にセンター街のマックでどうですか』


 この間、交わした約束についての内容が書かれている。ていうか、今は勤務中のはずだが。あの子なりに、合間を縫って送ってきたのだろう。


 俺は青山かほからのメッセージを素早く読んでから、返事した。


『うん。いいよ』


 こんなもんでいいだろう。正直なところ、女の子とのこういうプライバシな場面でのメッセージのやりとりなんかしたことがないから、これであっているのかも疑問だ。


 俺がしかめっ面で送信ボタンを押すと、西園寺せつなが突然口を開いた。


「藤本さん、今は授業中のはずですが」


 ノートパソコンからぴょこんと顔を出して、俺を睨んで来きた。

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