第45話 明日への準備
「あ、ごめん。つい」
そも、メッセージがくること自体が無かったので、このイレギュラーな事態につい、家庭教師らしからぬ対応を取ってしまった。よしんば、本を読んだり、プログラミングといった知識を高める行為をしたのなら、あんなに睥睨することはなかっただろう。
要するにこの女怖い。
「まあ、いいでしょう」
腕組みをして、ふむと鼻息を立てる西園寺せつな。なんだか物凄く上から目線だ。まあ、実際、住む次元が違うし、全てにおいて、俺は下だ。地位も名誉も経済力も。だからある意味、こんな扱いを受けるのは理にかなっているし、慣れている。でもさ、底辺の底辺を行く俺なんかに目くじら立てても時間の無駄だよ。
と、西園寺せつなをバレないように恐る恐る見ると、彼女はいきなり咳払いをしてから、ついさっきまでの偉そうな態度とは裏腹に、遠慮がちな目つきで俺を
「ところで藤本さん」
「うん?」
西園寺せつなは急に上目遣いで俺を見つめてきた。いつも凛々しく振る舞う姿と比べたらギャップがあり過ぎて反応に困るんですけど。
戸惑っている俺をより一層困らせるためか、西園寺せつな若干緊張した面持ちで口を開く。
「青山かほという方は、ひょっとして、先日、私とゆきなちゃんが藤本さんの務めるコンビニに行った際、入り口から突然入ってきた金髪の女性だったりするんですか?」
「西園寺、記憶力いいんだな」
「はい。私は記憶力いい方ですよ」
「お前のいう通り、あの子が後輩の青山かほだ」
「へえ、そうなんですね」
またしても上から目線。今度は別に俺、間違ってないと思いますけど?聞かれたことに素直に答えただけなんですけど?
何か含みのある言い方の西園寺せつなは、あいも変わらず、俺にジト目を向けている。果たして、彼女は何を考えているのか。真相は
「ふじにいちゃん。問題全部解いた」
俺が西園寺せつなについて思いを巡らしていると、ゆきなちゃんの間延びした声が聞こえてきた。
「おう。早いね。採点するから教科書よこして」
「うん。あと、ふじにちゃん」
「なんだ?」
「この間、連絡先交換した時、お姉ちゃんの連絡先、せつなお姉ちゃん♡って登録しちゃって、それ直して上あげるからふじにいちゃんの携帯貨して」
「やっぱりゆきなちゃんの仕業だったか」
俺は迷いなく携帯取り出して渡した。受け取ったゆきなちゃんは納得顔でうんうん言いながら、教科書を渡してくれた。
「それにしても、すごいですね藤本さんは」
「え?何がだ」
西園寺せつなは、まるで、レアキャラとか絶滅危惧種でも見ているかのような眼差しを向けている。漫画だと目の周りには星々が浮かんでいるイメージかな。
「だって、他人に対して、なんの迷いなく携帯を渡すから」
「別に見られて困るようなこともないからな」
そう。すでに、青山かほによって検証済みだ。
「やっぱり、藤本さんは変な人ですね」
なんだかものすごく早口で言ってるんですけど。そんな言葉の暴力やめて?採点するのに邪魔だからね?でも、西園寺せつなに言い返したら、逆鱗に触れて返り討ちにあうのは自明の理。
「ほっとけ」
もちろん、俺は世の中の価値観に照らし合わせて見ると、変人と定義づけることができるだろう。主に否定的な意味合いとして。でもさ、その変な人に家庭教師を任せるお宅もどうかしているとしか思えませんよ?
俺が心の中で思いっきり文句をぶつけているうちに、採点が終わっていた。ふむ。練習問題ということもあって、目立つ間違いは少ない。2年間勉強をやってなかったという割にはまあまあの点数だ。
「採点終わった。社会は確かに他の科目と比べて間違いはあるけど、そんなに目立つ失敗はないから、さっさと間違ってるところだけ説明して切り上げよう」
「はーい」
間延びしたゆきなちゃんの返事もだいぶ耳なれしてきた。
明日はいよいよ決戦の日だ。青山かほの思惑がなんなのかは今のところ分かりかねる。でも、目的はきっとあるはずだ。それを突き止めることができるのかは正直なところ未知数だ。ただでさえ、コミュニケーション能力も低い上に、人と交流した回数も少ない。だから、俺にとってはハードルが高い。
険しい道のりになりそうだな。
西園寺家に青山かほ。最近、人と関わる回数が急に増えた気がする。もし、人と関わったとしても、観測者の立場を貫くことができるのであれば、是が非でもその方法が知りたい。観測者ではない俺は軟弱で無力で無能なのだ。
「ふじにいちゃん。早く教えて」
「ああ。わかった」
とにかく、今はなるべく角を立てないようにしよう。
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