第39話 茶封筒

 人と関わるのはこんなに大変なことだなんて再度思い知らされた。金を稼ぐために会社で働いた頃は、自分の既得権益を必死に守りたがる人々と関わったから、ある程度免疫というものがついてる。とはいえ、プライバシーにおいても、お小遣い稼ぎにおいても、この姉妹と交流を持つのは、いささか疲れるものがあるのだ。いつものルーティンが崩れ、新たな生活様式に変わるという変化は、俺のとっては荷が重すぎるかもしれない。


 とまあ、今日は失ったものより、得たものの方が大きいから、あまり文句言わなことにするか。


 けど、たとえ、ゆきなちゃんの抱える苦悩を知ったとしても、この関係自体が終わってしまえば、俺の得た情報は紙屑同然のなんの役にも立たないものと化す。それは、いわゆる骨折り損ではなかろうか。

 

 いくら考えても答えは出なそうだし、今日は時間もだいぶ余っていることだから、プログラミングでもしてから寝ようか。


 と考えた俺は、ベッドにダイビングし、寝そべってノートパソコンを立ち上げる。それと同時にズボンのポケットに妙な揺れを感じた。確認すべく、素早く携帯を取り出して、画面に目をやると、ショートメールが届いている。差出人はゆきなちゃん。


『ふじにいちゃん!今日はありがとう!50点超えたら、今後のこと一緒に考えてよね!』


 今日、交わした約束か。ゆきなちゃんは釘を刺すべく同じ内容のメールを送ったのだろう。逃がさない。ふじにいちゃんが言ったことだからちゃんと責任とってよね?見たいな意味合いを孕んでいそうな文面を一読して、更なる疲労感が俺の体全体に押し寄せてくる。


 俺は無能だ。俺より優秀で人生を謳歌している輩ってざらにいる。探せばいくらでもいるものを、わざと俺に言うのは、きっとこの子なりの理由があるからだろう。来る者拒んで、去るもの追わずが俺の人生における座右の銘だけど、すでに乗りかかった船だ。成績をあげるという行為は、ゆきなちゃんが築きあげてきたライフスタイルを根幹から再構築するということだ。この子なりに不安を抱えていると言っていい状況だろう。最も、話し相手が俺であることが残念極まりないところだがな。


『50点超えたらな』


 と、入力して返信っと。

 

 俺はスマホを横に置いたまま、作りかけのプログラムを完成させるべく、コーディング作業に当たった。いつになったら、出来上がるのかな。まあ、完成したところで、別に俺にメリットがあるわけではないので、どうでもいいんだけど。一人で何もしないまま過ごすと、きっと偏った価値観や哲学を浮かべて、無駄なエネルギーの消耗になるだけだから、このくらいがちょうどいいや。


 枕を胸に当てて寝転がりながらキーボードを打つこと1時間。なんだか枕の下に違和感があるように感じる。衣摺れと共に聞こえる謎の音。気になって枕を取り払うと、見慣れない茶封筒が置いてある。藤本さんへと書いてあるだけで、中身は開けてみないことには伺いしれない。俺はなんぞやと封筒を開けてみると、そこからは1万円札が何枚か出てきた。そして添えられた小さなメモ。


『いつも、ご飯作ってくれてありがとうございます!これは一ヶ月の材料代の前払い分です。これからもよろしくお願いします!』


 数えてみれば、有吉が10枚。一桁多いと思いますけど?


 ゆきなちゃんに至っては、成績が一桁足りない。西園寺せつながくれたお金は一桁多い。本当にこの姉妹どうなってんだ。


 余った材料代は一円残さず全額返すつもりだ。でも、これだけのお金があれば、もっと贅沢な食材が買えるわけだ。余っている銀行口座もあるわけだから、西園寺姉妹食事用特別口座として別途に管理しておく必要がありそうだな。

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