第38話 内実②

 ゆきなちゃんが心ゆくまでスキンシップを楽しんでから俺たち二人は並んで家に戻ってる。途中でゆきなちゃんをチラッと見たが、とても軽い足取りだ。


 ゆきなちゃんの内実を知ったのはとても大きい。問題の根源を把握できたので、あとは、根源を支える要素を一個一個潰していけば、自然と解消へと繋がる。要するに成績が上がる可能性が高まったってこと。でも、何事においても、ゆきなちゃんのやる気次第で全てが決まるわけだから油断大敵だ。


 俺の独断と偏見に満ちた私見を言わせてもらうと、ゆきなちゃんはそこそこ賢い。人をきちんと観察して、場の雰囲気を読むことのできる逸材とも言えよう。なので、勉強もその気になれば、できるはずだ。


 俺が玄関のドアを開けると、ゆきなちゃんがスタスタと部屋に入った。中には、西園寺せつなが「おかえり」と迎えてくれる。続いて俺も部屋の中へ足を踏み入れた。西園寺せつなは顔こそ普通を装っているが、痺れを切らした様子も若干伺える。おそらく、ゆきなちゃんの保護者という役割を担っているのに、二人っきりになって、秘密話をしたのが腑に落ちないだろう。でも仕方ないことだ。そもそもの話、ゆきなちゃんが勉強を諦めた理由の一つに西園寺せつなが含まれている。本人は認識してないかもしれないが、無意識のうちに人を殺したり、傷つけたりするのはよくあることでもある。もっとも、無意識である「フリ」をしているのか、本当に知らないのかは誰も分からないけど。個人的には前者の方が圧倒的に多いと思うのだが、この姉妹はどうなんだろう。まあ、知ったとしても何かしらの変化が起きるわけもないけどな。


 俺は静かにテーブルに腰掛けた。姉妹はすでに着席状態で、俺を見つめている。俺は、雰囲気を変えるべく、咳払いをし、話始めた。


「今日はこれでおしまいだ。次は2日後の水曜日だからそのつもりで」


「え?!もう終わったんですか」


「ああ、今のゆきなちゃんは勉強ができる状態ではないからな。強制的にやっても時間の無駄だ」


 俺の話を聞いた西園寺せつなは、すかさずゆきなちゃんの方に目を向ける。ゆきなちゃんは、口をきりりと結んでおり、目を合わせることをせず、下を向いたままだった。いまだに納得をしていない様子を呈する西園寺せつなは、ため息をつきつつ、コメカミに手を当てる。なんだか、普段ゆきなちゃんがどのように過ごしているのかが目に浮ぶ。

 

「ゆきなちゃん、水曜日からはちゃんと勉強できるよね?」

 

 だが、俺の問いには反応を示すゆきなちゃん。


「うん!やる!」


「教科書持ってくるんだぞ」


「わかった!」


 目をキラキラと光らせながら瞬く様子はとても可愛らしい。だからどうしても裏があるのではないかと勘繰ってしまう。

 

 二人は程なくして帰り支度を済ませ、家を出ようとしている。西園寺せつなはまだ浮かない顔でいる。俺はそんな彼女に対して、気になることを聞いた。


「あのさ、毎日ゆきなちゃんをここに連れてくる気か」


 唐突に言われてキョトンとしながら俺をボーと見つめるが、やがて気を取り直して返事してくれる。


「は、はい!一応、保護者ということで。それと、ついでに大学の課題もするので、しばらくお邪魔してもよろしいですか?」


「ま、別に構わないけど、しんどくないか?」


「私なら大丈夫ですよ!車で来ているので」


「え?運転手が待機したりするの?」


「いいえ、私が運転するので」


「そうか」


 すごいな。なんか、見た目だけだと、黒塗りの高級車に乗っていそうなイメージがあるけど、まさか自分で運転するとは。事故起こしたりしないんだろうな?俺怖いから乗りたくないわ。ていうか載せてくれないだろうけど。


 俺が羨望の眼差しにも似た腐った目つきで西園寺せつなを仰ぎ見ると、彼女は何か気に入らないことでもあるのか、口をへの字に曲げて俺をじっと見つめる。


「藤本さん」


「うん?」


「あのとか君とかそういう呼び方はやめてくれませんか?」


 どうやら俺の曖昧な呼び方がお気に召されなかったみたいだ。だって、プライベートで女の子と話したことがないからどう接すればいいのか全く分からないんだもん。


「え?んじゃ、なんて呼べばいいの?」


「普通にせつなって呼んでも構いませんよ」


 西園寺せつなは自分で言ったことを恥じるように目を逸らしてからチラチラと俺を横目で見ている。おい、なんで顔赤て上目遣いなんだよ。そんなのはラノベの主人公にでも見せてくれよ。俺に見せても何にも出てこないから。相手を間違えてるぞ。


 俺は思わずへどもどして言葉に詰まってしまった。冷静になれ!俺よ。これは罠だ。トラップ。イタリア語ではトラッポラ。いや、イタリア語訳した時点ですでに冷静な状況じゃないだろこれ。


「さ、西園寺」


「はあ、まあ、いいですよそれで」


 全然まったくよくないように見えるけど?膨れっ面で俺を思いっきり睨め付けてますけど?俺、そんなに悪いことした覚えはありませんよ。


 気まずさゲージがマックスに達した俺たちに救いの手を差し伸べる存在が現れた


「ふじにいちゃん!水曜日からよろしくね!」


「お、おう!んじゃまた今度な」


「うん!バイバイ!」


「それでは失礼します」


 ドアが閉まるとともに、疲れがどっと押し寄せてくる。

 

 ゆきなちゃんの仲介により、無事に別れを告げることはできたが、疲労困憊した肉体と精神は治る気配がない。

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