第28話 海鮮鍋は美味しい
「なんで俺の家の前にいるのか知らないけど、ご飯はまだか」
「まだ!あ、ちなみにお姉ちゃんもいるよ!」
「はあ、わかった。今、食材買っているところだから、すぐ行く」
不意に言われてあわあわする俺は渋々問い返してから電話を切ってポケットにしまう。まさか、3日連続であの姉妹と顔合わせるとは。
俺はひしめき合うスーパーで買い物を済ませて急いで帰路についた。聞きたいことは山ほどあるけど、それを電話でいっぺんに話すのは無理があるだろう。何かしらの事情があるはずだ。思い当たる節はいくつかある。そのうちの一つだろうな。
路地裏に差し掛かり、俺の部屋がいる古びたマンションが見えてきた。そしてそこに立っている二つの姉妹。俺が手に持っているレジ袋の擦れる甲高い音に気がついた二人は、俺の方に向き直った。
「お疲れ様です」
「ふじにいちゃんこんばんは!」
二人は手を振って俺に挨拶をしている。俺は頷きとも会釈ともつかない中途半端な挨拶で答えた。
ゆきなちゃんは熱い夏を意識した短い明るい系のパンツを履いて、その上に綺麗な文字が散りばめられている黒いTシャツを着ている。
西園寺せつなはデニムショートパンツに白いTシャツを着ている。二人とも、いつもと比べたら、肌の露出が多く、ボディーラインが強調されるデザインの服を着ていた。本当に姉妹揃ってどっかの雑誌に載っていそうなビジュアルだな。
「すみません。また急に来ちゃって」
「別に、何かわけがあるから来ただろ。とりあえず、晩御飯食べながら話そう。腹減ったから」
俯きながら謝る彼女を見てから、俺は理路整然と話した。すると、俺の顔色を伺うような目で問いかけてくる。
「怒らないんですか?」
ここで俺は怒ったらどうなるんだろう。俺が他人を叱ったり、怒ったりすることができる人間だとは思えない。いつだって俺はそう。ありのままの事実を受け入れるか、耐え切れないほどしんどい状況だったら逃げるか。
だが、残念なことに、この姉妹は俺が逃げるのを決して許さない。俺を集団暴行した連中も、もっと殴って快楽を得る為、絶対逃がしてくれなかった。だが、この子らと昔のいじめっ子らとでは乖離がある。
このまま、俺が拒絶のジェスチャーを見せないままでいると、この姉妹はもっと俺と関わろうとするのではないだろか。ふと、そういう分を弁えぬことを考えてしまっていた。
まあ、俺に飽きたら見向きもせずにどっか行っちゃうんだろう。つまらなさで言えば、俺は間違いなくトップクラスだ。そういう意味でもこの関係は長続きしないこと請け合い。
俺は胸を撫で下ろしてから、憂慮する西園寺せつなに丁寧な口調で話し始める。
「怒ってもしょうがないし、仮に怒ったとしても何も解決しないからな」
「そう、ですね」
西園寺せつなの顔は下を向いたままだ。そこでいきなり、ゆきなちゃんが俺に向かって語り出す。
「実はね、お姉ちゃんが朝からずっとふじにいちゃんの携帯に電話かけようとしたんだけど、断られたらどうしようって一日中ためらってた!」
「ゆ、ゆきなちゃん!何言ってるの!違うから!」
さっきまで地面を向いて言えずじまいだった西園寺せつなは、いつしか妹の肩を掴んで揺らしながら躍起になって捲し立てている。ゆきなちゃんの目くるくる回ってるんですけど。
「とりあえず、中入ろう」
「は、はい!」
「うえええ、めまいする」
我に返った西園寺せつなと、よろよろとよろめくゆきなちゃんが俺の後ろをついてきている。
階段を登って玄関ドアを鍵で開けると、すたこらゆきなちゃんが我先にと入ろうとしていた。
「ほら、行儀悪いわよ」
西園寺せつなの注意なんか気にも留めず、靴を脱いで俺の部屋に入ると、俺のベットにそのまま突撃。布団をかぶって昼寝でもするように横たわる。
その様子を見た西園寺せつなはコメカミに手を当てて深々とため息をついた。
「俺は大丈夫だから」
「すみません」
布団をから顔だけ出したゆきなちゃんは目を瞬かせながら聞いてきた。
「ふじにいちゃん!今日のご飯はなに?」
「今日は海鮮鍋」
「おいしそう!」
「すぐ作るから待っててね」
「はーい」
ゆきなちゃんは羨望の眼差しを俺に向けて、姉の方は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。
「何か手伝うこととかないですか?」
「いいよ。座って待ってくれ」
「は、はい」
今日のメニューは海の幸をふんだんに使った海鮮鍋。まずは、野菜を食べやすい大きさに切る。それから海鮮物(車海老、鯛、ホタテ、蟹など)も捌いていく。もちろんご飯を炊くことも忘れてはならない。
あらかた下準備が整ったら、土鍋に具材を投入。それから、神戸の名物、布引の水を使った出汁も投入し火をつける。
しばらく置いといて、加熱された土鍋からグツグツいってきたら出来上がり。ご飯もいいタイミングで完成。海鮮物を楽しむならば、さわび醤油が必要不可欠だな。
と、俺は完成した海鮮鍋一式を部屋に持ち込んだ。満を辞しての俺の登場に二人はテーブルで舌鼓を鳴らしがなら俺を期待に満ちた目で歓迎してくれた。
「本当においしそう!」
「ふじにいちゃんありがとう!」
「んじゃ、食べよう」
すばしこくセッティングを終えた俺はテーブルに座って二人を交互に見た。二人も俺の目線に気づいて頷く。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
三人の声が見事にハモった。食事前の挨拶が終わるや否や、ゆきなちゃんは自分の取り皿を両手でもって、俺に合図した。もちろんその意味をはわかっている。ゆきなちゃんのご要望通り、おたまで具材と出汁を掬って取り皿に入れ、それを寄越す。
「ありがとう!」
取り皿を受け取ったゆきなちゃんは猛烈なスピードで貪り始める。そして、おたまを持ったまま俺は西園寺せつなに目で合図した。すると、彼女は軽く会釈してから自分の皿を俺に出し。それをもらった俺はゆきなちゃんの時と同様に具材と出汁を入れて渡す。
「ありがとうございます」
丁重な口調で言うと、横の妹と比べて多少慎みのある仕草で食べ始める。俺も素早く自分の分を入れて、ほかほかホタテをわさび醤油につけて一口はんだ。
「美味しいですね!」
「それはよかったね」
正直、俺も同じ意見だが、自分の料理がうまいと自画自賛してしまえば、それは無作法というものだと思うので、適当に言ったきり、口をきりりと結んだまま味だけ噛み締める。
この部屋には海鮮鍋が織りなす海の香りと、三人の咀嚼音で溢れかえっている。それぞれ食べるのに集中しすぎたせいか、会話はなく、己の本能に従って美味しい料理を食べるだけ。人間の3代欲求の一つである食欲が満たされる瞬間だっだ。
俺は、ふと、姉妹を見てみる。
昨日に次いで今日もこの二人の姉妹は、俺が作った料理をさも美味しそうに食べてくれている。西園寺せつなは時々、黒絹のような艶感のある髪が前にかかって食事の邪魔になると、それを手で掻き上げては、また食事を再開する。鮮やかな動きだ。ゆきなちゃんは、猫舌なのか、ふうふう言いながら一口入れては、頬に手を当てて幸せな表情を作っている。
殴られること、毒を吐かれること以外にも他人に快楽や満足を与える方法ってあったんだな。しかも、この二人の姉妹の表情は、俺が今まで見てきた人間の快楽とは一味違う何かがあるように見える。
俺を殴りながらする顔と、俺が失敗をした時、上司や周りの人間がした快楽に塗れた顔とは全く違う。言葉では説明できないからもどかしい。
「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです」
「美味しかった!うん?ふじにいちゃん。全然食べてないんだけど大丈夫?なんなら私が全部食べてあげようか?」
二人をずっと見ていたせいで食事することすら忘れてしまったようだ。あにはからんや、そんなことが起こるなんて。俺らしからぬ行動だ。俺は気を取り直してゆきなちゃんに返事をした。
「いま食べる」
追記
おかげさまでPV 1000を超えることができました!異世界、幼馴染、甘々ラブストーリーが入り乱れる中で、こんなダークなストーリーを書いても大丈夫だろうかと悩みました。けど、私の小説を読んでくださってハートをくださってレビューも書いてくださる心優しい方々がいて、すごく嬉しい限りです!
原則、毎日午後6時にアップロードするので(前後する場合あり)、よろしければ気軽く感想などを書いていただければ、嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます