第29話 食事と質問
俺もいそいそと、残った海鮮鍋を食べていく。鍋を見ると、俺が食べる分がちょうど余っていたので、食っては皿に盛り、食っては皿に盛るという行動をひたすら繰り返した。気がつくと、すでに鍋は底をついていて、俺は満腹の幸せを感じていた。料理が実に美味であるということもあるのだが、三日も同じ食卓を囲むと流石にある程度慣れてくるものもある。
「ごちそうさま」
簡潔に合掌しながら食後の挨拶を言う俺は無意識に姉妹を見る。すると、西園寺せつなが明るい表情で口を開いた。
「後片付けしますね」
「お、おう」
すると、彼女は慣れた感じで皿やら鍋やらをキッチンに持って行き、皿洗いを開始する。いつも思うのだが、美少女が俺の家のキッチンでゴム手袋をはめて皿を洗う光景はなかなかシュールだな。
俺がぬぼーと西園寺せつなのいるキッチンへと繋がるドアを見るともなく見ていると、背中を誰かつつくような刺激を感じる。なんぞやと上半身だけ振り返ると、ゆきなちゃんが小首を傾げて問うてきた。
「今日は本読まないの?」
「うん?ああ、読む」
ゆきなちゃんの幼気な瞳を見てはっと我に返る俺はすっと立ち上がり、本棚のあるタンスを開いた。ゆきなちゃんも気になったのか、俺の後ろをぴょこぴょこと軽い足取りでついてくる。
今度はどんな本を読もうかと悩みながらタンスの中見ると、ものすごい量の本が詰まっている本棚が出てくる。
「すごいね。この本ぜんぶ読んでいる?」
あっけに取られた様子で嘆息を漏らしてから言うゆきなちゃん。
「まあ、一通りな」
ゆきなちゃんは、ほーとかえーとか言いながらぎっしりと並んでいる背表紙に目を通す。英語、数学、プログラミング言語、世界史、会計学、物理学など、ジャンルは多岐にわたる。人との交流がほぼゼロだった俺には特にやることがなかったので、余っている時間は基本、知識を蓄えることにしている。
「私は学校の勉強だけでもつまらないのに、こんなに本読んで勉強とかするのが好きなの?」
「これは別に、勉強じゃなくて、趣味みたいなものだよ」
「なんだかよくわからないけど、すごい、」
戦慄が走る表情のゆきなちゃんを横目に俺は英語で書かれたプログラミングの本を一冊取り出した。そしてタンスを閉めてテーブルに戻り、栞が挟まっているところを開いて読んでいく。
ページを繰る音と、鼻歌混じりに皿を洗う音がこの部屋を満たした。けど、決して二つの旋律は交わることがなく独立している。
「ふじにいちゃん」
「うん?」
「人が死んだら本当に平和がくるの?」
読書モードに突入中の俺にゆきなちゃんはぽつりと思いがけないことを問うてきた。
「まあ、そうだな」
地下鉄放火事件の時に俺が殺人鬼に言ったセリフをこの子はまだ気にしているとでも言うのか。
「じゃ、なんで私を救ったの?」
不覚にもページをめくる手が止まってしまった。視線を本からゆきなちゃんのいるところに巡らすと、そこには穢れなき瞳が俺を捉えている。一点の曇りもなく、小賢しく小細工ばかり弄する汚い人間が持ち得ない純粋な目。いや、あり得ない。きっと裏があるだろう。自分勝手な理由が。他人を犠牲にして成し遂げようとする願望。幼な子とて例外ではあるまい。
「…」
だが、答えることなんかできまい。俺は唇を噛み締めてゆきなちゃんから顔をそらした。だが、ゆきなちゃんは揺るがない。ずっと俺に真っ直ぐな視線を向けている。それが、まるで棘のように俺の心に突き刺さるようで痛い。
どうしたものかと悩んでいるうちに、キッチンからドアが開く音が聞こえた。
「皿洗い終わりました」
「お疲れ」
俺は早速、戻ってきた西園寺せつなに労いの言葉をかけてやった。ゆきなちゃんのとのやりとりは、一旦終了ってことでいいよな。いや休戦状態といった方が正しいかもしれない。ゆきなちゃんが納得のいかない顔をしているのが、最たる証拠だ。
西園寺せつなはさりげなく笑顔で俺に目くばせしてから自分の席に座る。そして、何かを硬く決心したかのような面持ちで口を開いた。
「藤本さん!」
「はい!」
な、なんだよ!びっくりした。いきなり大声で喋りやがって。おかげで俺も敬語で返しちゃったじゃねかよ。
俺がおっかなびっくりで返事をすると、西園寺せつなは捲し立てるように云う。
「これから二人でどこか出かけましょう!重要な話があります!」
「はあ?」
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