第27話 藤本悠太は多めに食材を買う
昨日のドタバタから一夜明けた朝。ゆきなちゃんを救ったということで、西園寺家に招かれ、逃げて、見つかって、逃げて、家に上がり込まれ、家庭教師という仕事を引き受けて今に至る。
釈然としない。いつもの日常を、流れをを、リズムを乱されたことへの違和感なのか、それとも、もっとおぞましい何かか。依然として合理的で適切な答えは出てこない。嗚呼、真実は
目を覚ますと携帯は聴き心地の良いクラシックを流している。いつもは携帯のアラムが鳴る直前に起きるが、今日に限っては、爆睡してしまったようだ。
「ふうっ」
好天気と起き抜け独特の気だるさと相まって、思わず伸びをした。今日は金曜日。基本平日出勤である俺からしてみれば、気持ちのいい日だ。今日さえ無事に終えることができれば、二日休める。いわゆる華金。別に金曜日からといって、ハメ外して派手に遊ぶわけではない。いつもと変わらぬ日常を過ごすだけだ。そもそも、俺は遊び方とか知らないし。
昨日の出来事もあってか、今日は今朝から不思議な気分だ。やっているのは普段と何も変わってないのに、全てが目新しい。覚めやらぬ目つきで読んでいるプログラミング本も、ノートパソコンも、朝ごはんも。何もかもが変わったように感じる。ぼちぼちやってからコンビニ行こう。
「おはよう!」
「お疲れ様です」
いつもの元気あふれる店長の挨拶に返事。連絡事項を受けてから仕事を開始する。やっぱりここは落ち着く。お客が大勢押し寄せてくる駅前のコンビニとは違って、程よくきてくれる。こういう時間が続くと、きっと心の
お客を捌いていくこと数時間。発注を済ませて時計を見ると、退勤間近の時刻を指している。そしてレジに目をやる瞬間、自動扉が開く音が聞こえた。そこからは皆さんご存知の青山かほが軽い足取りで俺に近づいてくる。
「お疲れっす」
「おう」
無機質な短い会話を済ませる。しかし、昨日同様、すぐに女子更衣室に向かうことはしない。青山かほは何か面白いことでも思い付いたのか、口角を釣り上げて楽しげに口を開いた。
「やっぱ、昨日のあれは彼女っすね?」
「違う」
「そっすか」
聞き取ることも難しいほどの小声でボソッと言って立ち去る彼女の背中を見ながら、俺は難色を示した。業務上、必要な情報意外は全く話すことがなかったから、今の青山かほの態度は想定外だった。この子が苦手になりそう。
ギャルこと青山かほとの謎めいたやりとりを終えた俺は、自動扉を通ってコンビニを後にした。今日も張り合いのある一日であったな。買い物でもしてから静まり返るお家に帰ろう。今日は金曜日だからちょっと贅沢な料理でも作ろうか。海鮮をたっぷり使った贅沢鍋と行こう。
プログラミングと並んで、美味しいものを食べるといのは俺にとって数少ないストレスの捌け口の一つだ。もちろん作ることも好きだ。
口の中で舌鼓を打ちながら、大手スーパーへと赴く俺。食料品を取り扱ってるところはこの時間帯は大体人で立て込む。主に、夕飯の食材を買いに来る主婦層でごった返しているのだ。
まもなく帰ってくる夫のために、お腹をすかせた自分の子供のために。つまり、この人たちにも守るべき対象があるということだ。もし、それを奪おうとする存在が現れるのなら、容赦無く叩き潰すだろう。あるいは、自分たちの家庭のために、すでに他人を食い物にしている可能性すらあると思える。
そんなどうでもいいことを考えながら、海鮮売り場の方に足を運ぶと、ズボンのポケットから妙な違和感が感じられた。ブーブーと一定の間隔で鳴る振動を感知した俺は右手をポケットに差し込み、携帯を取り出す。誰かさんから電話がかかってきたようだ。
俺が携帯のディスプレイに目をやると、馴染みのある文字が表示される。
ゆきなちゃん。
昨日、携帯電話番号を交換しただけで、登録はしてなかったけど、ゆきなやんが俺の携帯をいじっていた時に勝手にやったのかな。と推論する俺なんかどこ吹く風と、勢いよくバイブレーションは俺の手の平で続く。
「もしもし」
「こんばんは、ふじにいちゃん!」
「お、おう。こんばんは」
「家いつ帰るの?」
「はあ?家?どういうこと?」
「ふじにいちゃんの家だよ!」
天真爛漫な明るさが滲んでいる声音が俺の耳に流れてくる。しかし、俺はゆきなちゃんの意図を全く理解できていない。そのまま数秒が経った。向こうからは「うん?」とか返事がないことを意識した疑問句が聞こえてくる。千々の思いが交錯する中、もっともそれっぽい答えが見えてきた。まさか。
「ゆきなちゃん、今どこ?」
「ふじにいちゃんの家の前だよ!」
「あ」
晩御飯の食材、多めに買っとかないと。
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