第26話 黙考
ひとしきり騒いだのち、西園寺姉妹は出かける支度をする。要件も伝えたし、ここで長居しても特にやることがないだろう。日も暮れているし、別れるにはいい頃合だ。
姉妹は、持ってきた荷物を提げて、玄関まで移動した。俺も送るべく同伴する。西園寺せつなは玄関ドアを開けようとしたが、何か気がかりでもあるのか、向き直って俺にジト目を向けてくる。
「携帯番号教えてください」
「え?ラインアカウント作り直すからそれでどうかな?」
慌てて言う俺を軽くスルーしてにっこりと満面の笑みを浮かべる西園寺せつな。
「ダメです」
笑顔で言われると、なんだか微妙だな。仕方あるまい。要するに俺は前科ありの要注意人物だ。折れるしかない。
「はい」
彼女は俺に携帯を差し出した。可愛い猫のケースを被せていて、いかにも今ふうの女子って感じだ。
俺は素早く自分の電話番号を打って返した。すると、何かしら操作をしてから俺の方をじっと見る。やがて、ポケットに入っている俺の携帯のバイブレーションが鳴り始める。それが西園寺せつなからかかってきた電話だということを察知して早速ポケットから携帯を取り出した。
「ふじにいちゃん、私のも登録して!」
「お、おう」
ゆきなちゃんはそう言ってから、ものすごいスピードで自分のスマホを差し出してきた。俺もゆきなちゃんに携帯を預ける。これがいわゆるライン交換ならぬ電話番号交換か。
ぼちぼち入力作業をしてから、それぞれの持ち主に返した。姉妹はふむと満足げな笑顔を浮かべて玄関のドアを開けや。やっと帰ってくれるのか。
「今日は本当に色々すみませんでした」
「いや、こっちこそ」
「ふじにいちゃん!また会おうね!」
「おう、気をつけて帰れよ」
「あの、藤本さん」
西園寺せつなはまだ言えてないことがあると言わんばかりに俺を見つめてる。
「何?」
「私も嫌いですか?」
あ。コンビニで放ったあの言葉を気にしていたのか。俺は彼女の瞳を真っ直ぐ見つめながら返事をする。
「君は、怖い」
「え、ええ!?」
俺はウサインボルト顔負けの速度でドアを閉めてロックをかけた。ドア越しに「ちょっとどういう意味ですか」みたいな怨嗟の声が聞こえた気がするけど、無視して部屋に入って流れるようにベットに着地。
「はあ。本当に疲れるな」
人生おいて出会いはつきものだ。胎から出た赤ちゃんと両親の出会い、俺を虐める同級生との出会い、俺を地獄のドン底に陥れた会社の人たちとの出会い。そして、訳のわからん姉妹との出会い。もちろん、出会いもあれば別れもある。日々劣化して腐っていく体を持っているが故に、避けられない死という別れ。自分を守るための「逃げ」という別れ。あと、今日みたいにわけのわからん別れ。
果たして、今日の出来事になんの意味があるのだろう。どうしてあの姉妹は、俺を逃がしてくれなかったんだろう。
いずれにせよ、この関係が長引くとは思えない。嘘で成功したものは嘘で滅びるのが世の常だ。俺はあの姉妹に嘘をついたのだ。俺はあの二人が嫌いだ。関わりあったら醜いところが見えてくるから。
過去を必死に隠そうとする格好悪い俺を見て彼女らはどう思うだろう。きっと今までの人間たちと同様、俺の恥部や失敗を見て、笑うだろう。もともと人間はそういうふうに作られたのだ。
生贄となる対象を必死に探しては、報酬なんか払わず、自分の重荷や汚いところ、責任などを生贄に俺に転嫁するのだ。
そういう人間のクソみたいなところは飽きるほど見てきた。
もし、このような関係が続くならば、近いうちに、あの西園寺家の人間からそういう醜いところが見えるようになって、また俺は逃げることになるだろう。
実際話、この関係は嘘で成り立っている。故に亀裂が入ったら一気に崩れ去ることは自明の理だ。
人はそれぞれ守りたいものが存在する。しかし、俺はそんなの持ってないし、持ちたくもない。守ってあげる自信もないし、勇気もないし、余裕もない。そして守る理由がない。
だから、この関係に異変が生じたら一瞬の躊躇いもなく、静かに優雅に去ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます