第24話 藤本悠太はみんなの食事を作る
迫力ある顔で俺に迫りくる西園寺せつなに負けて、挙げ句の果てに、家に入れてしまった。
姉妹は俺の部屋にあるテーブルに座っており、落ちつかなに様子で部屋を見回している。俺だって彼女ら以上に落ち着きをなくしてしまっている状況だ。だって、家に誰かを入れるのは初めてだし、コンビニ意外、接客らしき接客なんかしたこと自体がないからな。要するに超気まずい。
西園寺せつなもさっきまでは凄まじい形相で俺をきつく睨んでいたが、今となっては、まるで、異世界の魔王が根城にしているダンジョンに潜る冒険者並みにオドオドしている。ゆきなちゃんは、顔こそ冴えないが、興味ありげな視線を俺の部屋のありとあらゆるところに張り巡らせている。そんなに見るな。恥ずかしい。
「部屋めちゃ綺麗ね!」
ゆきなちゃんに部屋の綺麗さを褒められた。一応、毎週一回程度は綺麗に掃除をしているつもりだが、これが普通だと思っていたので、ゆきなちゃんの言葉は意外だった。
「普通、こんなもんじゃないの?」
俺は頭を掻きながら返事をすた。
「綺麗だと思いますよ。多分」
西園寺せつなも自分の妹の意見にフォロを入れてくれる。
「そうか」
「はい…」
そしてまた静寂が訪れる。
これは超気まずい。なんで俺の部屋で、こんな辛い思いしないといけないんだ!今更追い出すわけにも行かないし、そもそも俺にそんな度胸あるはずがないから。
俺と西園寺せつなは、身をよじりながらどうしたものかと焦燥感に駆られた面持ちでいる反面、ゆきなちゃんは、なんだか間抜けた声で言葉を吐く。
「お腹すいた」
いかにも場違いな発言だったが、この超絶気まずさから抜け出すにはちょうどいい。俺はゆきなちゃんに向き直って口を開いた。けど、目は合わせない。
「なんなら晩御飯食って行くか」
一体どんな風の吹き回しなんだろうと思う人もいるかもしれない。しかし、
一応昨日、ご馳走になったわけだし、別に1人分作ろうが、3人分作ろうが調理時間はさして変わらない。あとは、向こうがこの怪しい人間が作ったご飯を食べるかどうか決めるだけだ。この程度の提案は断られたとしても別にダメージは負わない。
「え?わ、悪いですよ。勝手にお邪魔して食事までいただくなんて」
勝手にお邪魔しているという自覚はあったんですね、西園寺せつなさん。
「本当?ふじにいちゃんが作ってくれるの?」
姉とは対照的な反応を示すゆきなちゃん。
「ああ。昨日ご馳走になったからな」
「やった!お姉ちゃんも一緒に食べよう!」
「あ、う、うん。じゃ、お言葉に甘えて」
はにかみ笑を俺に向ける西園寺せつな。頬には朱がさしていて、ものっそい可愛い外観だが、ここでゆきなちゃんを悲しませるんと俺はひとたまりもない。
「そんじゃ、3人分作るからね」
言い終えると、俺は早速キッチンに向かった。昨日の逃亡劇の後、スーパーに立ち寄って食材は買っておいたから、作るだけで十分だ。時刻は17時30分。夕飯の準備をするには丁度いい時間帯でもある。
今日のメニューは唐揚げ定食。
食べやすく切ってある鶏肉と、唐揚げ粉、サラダ用の野菜など少し多めに買っておいたから、この食材を全部使い切ってしまえば3人分程度の量が出来上がること間違いなし。
まず、ご飯を炊いて、味噌汁を作るためのお湯も沸かした。キッチンから聞こえるガチャガチャ音が気になるのか、誰かがキッチンに繋がるドアを開けてぴょこんと顔だけ見せた。
「ふじにいちゃん、何作るの?」
今にもでもロケットみたいに飛び出そうな姿勢で俺を見るゆきなちゃん。
「唐揚げ定食」
「本当?やった!」
すると、ゆきなちゃんは嬉しそうな顔で穴が開くほど俺を見つめる。だが、途中で何かに気づいたのか、自信を無くした表情で項垂れてドアを閉めた。
もちんろん、俺はゆきなちゃんが落ち込む理由を知っている。でも、少し意外だった。俺の言葉なんか、なんの威力もなく意味をなさない波長の羅列か、他人の醜悪な本能を曝け出す気持ち悪い道具だとばかり思っていたのだが、他人を泣かせることもできるとは。
後ろ髪をひかれる思いで、料理を作っていく。普段から手慣れているから3人分を作るのにそんなに時間はかからなかった。料理作りが趣味だから多種多様な食器も多い。だから3人をカバーするだけのインフラは構築されていると言っても過言ではない。もちろん、人が来ることを見越して集めたわけではないが。
いよいよ美味しい唐揚げ定食の出来上がりだ。あとは持っていくだけ。3人分を一気に全部運ぶのは不可能だから、1人分づつ丁寧にトレーに載せて持っていくことにした。
「お待たせ」
俺の声を聞くや否やゆきなちゃんが早速食いついた。
「わあ、美味しそう!」
ゆきなちゃんは嬉々としながら両手を合わせて自分の席に唐揚げ定食をのせた皿が届くのを待つ。が、俺を横目で見ると落ち込んだ顔でため息をついた。
「私も手伝います」
西園寺せつなは居ても立っても居られない様子で言った。
「いいよ。別に」
俺は彼女の申し出をやんわり断ってから、残りの皿を素早く運んだ。あとは食べるのみ。
「食べてもいいよ」
「は、はい!いただきます!」
「いただきます!」
それぞれ食事の挨拶を済ませてから、食べ始める。
炊き立てのほかほかご飯、新鮮なサラダー、歯応えありそうなたくあん、味噌汁、そして揚げたてのジューシーな唐揚げ。今日は上出来だな。でも人と食事を共にしたことがないから、どういう風に食べれば良いのやら。自分のペースで食べるべきか、それとも周りに合わせる形を取るのか。判断に悩んでいる俺をよそに、二人は熱々の唐揚げをガブリつく。
「美味しい!」
「本当!藤本さん料理上手ですね!」
「そうか?だったら何よりだね」
幸いなことにお口に召したご様子。自分が作った料理を誰かが食べるというのはなかなか不思議なものだな。食事に専念している二人の様子を観察してみる。
もぐもぐと、ひまわりの種を口に入れるハムスターっぽいゆきなちゃん。お淑やかで奥ゆかしい感じの西園寺せつな。コンビニでの物々しい光景が嘘みたいに感じるほど、この姉妹は美味しく唐揚げ定食を食べている。
おっと、うっかり見惚れてしまうところだった。俺も冷めないうちに食べとこ食べとこ。
動物もそうだけど、人間は食事の時に安らぎを得る生き物だと思う。誰かを犠牲にしないと安心できないのは本当に悲しい現実であるがな。鳥さんありがとう。
無言のまま3人ともに食事に集中する。が、この静寂はゆきなちゃんの言葉によって破壊された。
「ふじにいちゃんは本当に私のこと嫌なの?」
思わず、飲んでいる味噌汁を吐いちゃうところだった。俺は味噌汁が入っている器をそっと自分の前に置いといてから、ゆきなちゃんをの顔をチラチラとチラ見する。
嗚呼、あの顔は、俺がお母さんに学校行きたくないと懇願した時のあの顔と酷似している。思い詰めているあの顔。断られるとどうしようと不安になりながら、絞り出した一声。俺はあの子とどう向き合えばいいのだろうか。昔のお母さんみたいにに自分勝手な言い方て突き放すべきなのか。それとも。
「俺は、俺はゆきなちゃんのこと嫌いじゃない」
「ほ、本当?」
「ああ。本当だ。さっき言ったのは嘘。驚かせて悪かったな」
俺は目を背けてバツがわるい顔で頭を掻いた。すると、腹部の所に何かが衝突するのを感じた。
「ふじにいちゃん大好き!」
「お、おい、ちょっ」
遠慮という概念が全く見当たらないダッシュで俺に飛びつくゆきなちゃんは、そのまま俺の腹部に自分の頭を擦り付けてきた。驚くあまりに口ごもってしまい、思わず、西園寺せつなに目をやってみる。すると彼女はこの光景を見て、満足げな笑顔でうんうん言いながら食事を続ける。助けろよ。あんたの妹でしょ。
俺の切実たるお願いは見事スルーされて、ゆきなちゃんの甘々タイムが幕を開けた。はあー、いつまで続くのこれ。
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