第21話 藤本悠太は本音を言う①

「藤本さん、貴方を探していたんですよ!」


 切実さが滲み出る表情で俺に対して訴えかける西園寺せつなの咆哮に体が固まってしまった。動くのは口だけ。


「誠に申し訳ございませんが、当店ではそういう商品は取り扱っておりませんので」


 俺はぺこりと頭を軽く下げて謝罪の言葉を述べた。もちろん通じるはずがないのは百も承知だ。


「はあ?一体何を言っているんですか?」


 西園寺せつなはぎろりと音がするほどに俺を睥睨ヘイげいする。いつものおっとりした平穏さは目をいくら擦っても見当たらない。


 どうしてこうなったと内なる自分がとどろき叫んでいるが、向こうは顔色ひとつ変えずに俺を冷め切った目つきで睨みを効かせていた。隣に立っているゆきなちゃんは冷や汗でも流しているのか、ものすごく困った顔で俺と彼女を交互に見ては、短なため息を漏らしていた。怒っているお姉さんに怯えているようにも見える。お前の姉さんまじっぱないね。


 どうしたものかと頭を悩ませると、ちょうどタイミングよく自動扉が開き、軽快な足取りが聞こえてくる。音のするところに目を向けると、いつもの見慣れた黄色の髪に、いかにもギャルっぽい見た目をした女の子がこっちに向かって歩いてくる。激おこぷんぷんまるな彼女も後ろのから歩く存在に気がついたのか、上半身だけ後ろを向いた。青山かほの存在を確認してのち、俺の方に向き直る。


「待ちますから。今度は逃しませんよ」


 西園寺せつなは静かに鮮やかにそう告げてから妹のゆきなちゃんを連れて、優雅な歩き方で外を出る。

 

 心臓がバクバクする。この動悸と興奮状態を落ち着かせるには数十分ほどかかりそうだ。それほど西園寺せつな発した雰囲気は凄まじく、言葉では説明がつかない拘束力があった。ここで争ったらきっとろくな目に合わないだろう。俺に何の躊躇ためらいいもなくスキンシップをしてくるコミュ力高いゆきなちゃんでさえあの有様だ。逃げるのは諦めよう。


 暗い顔で嘆息する俺の前には青山かほが意味ありげな表情をしていた。普段なら軽い挨拶だけ済ませてさっさと女子更衣室に向かうはずだが、今日は面白いおもちゃでも見つかったような楽しい形相だ。


「彼女いたんっすね」


「違うから」


X X X


 適当に連絡事項を伝えて着替えてからいそいそと外を出た。


 案の定、西園寺姉妹はゴミ箱と反対側で俺を待ち受けていた。彼女らが俺の存在を確認すると、逃がすまいと駆け寄ってくる。


「お仕事お疲れ様です」


 ボロクソ言われるのかと思いきや、労いの言葉をかける西園寺せつな。


「ありがとうございます」


 俺はオドオドした話し方で返した。


「敬語はいいですよ。どうせ学校の先輩ですし、藤本さんに敬語で言われても気持ち悪いだけだから」


「お、おう。じゃお言葉に甘えて」


 さりげなくひどいこと言いうな。気持ち悪いって。まあ、正解だけど。

 

 膨れている彼女は俺に向けてまたもや話を続ける。


「あんな別れ方は生まれて初めてですよ!」


「まあ、人生色々あるからな」


「全っ然理由になってません!」


 プンスカと怒りを俺にぶっつける西園寺せつな。当然の反応だ。さっきから屁理屈ばかり垂れ流しているからな。そんな俺の本心を見透かしでもしたのか、西園寺せつなが尚も喋り散らかす。


「自分の命を顧みずに妹の命を救ってくれたり、なんの前触れもなく帰っちゃうし、LINEのアカウントを削除して連絡ができないようにするし。本当に何者ですか貴方は!」


「藤本悠太だ」


「言葉遊びがしたいわけではありません!」


 西園寺せつなはコメカミに手を押さえて深々とため息をついた。俺は言葉が下手な人間だ。そもそも、言い争い事態が苦手で「戦う」ということから逃げてきた卑怯者だ。こんな押し問答みたいな口争いを続けるのは好ましくあるまい。俺の心にダメージを与えてしまうが、これを使うしかないな。


「俺は君たちと関わりたくないんだ」


「え?、どうして」


「ふじにいちゃんは、ゆきなたちのこと嫌いなの?」

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