家庭教師編
第20話 西園寺姉妹は諦めを知らない
西園寺家でご馳走になってから一夜が明けた。
今は木曜日。時刻は午前6時27分。目覚まし時計が鳴る前に、起き上がった。夢うつつな状態でしばし考え事。
俺はいつも自分自身を試してきた。幼い頃も、大人になった時も。俺はいつも何かに熱心で、自分に難しい謎や質問などを投げかけては、それを解決するためにいつも頑張ってきた。勉強だってそうだったし、プログラミングだってそう。イジメられながらも俺ずっと何かを必死に考え、意味を見出そうとし、自力で解決できたら喜び、出来なければ何回も何十回も何百回も繰り返して一番適した答えを導き出てきた。
されど、物事には例外というものがある。人間がそうだ。人間は不確定要素の塊であることに議論の余地はなかろう。感情によって左右されり、予期せぬことを平然とやってのける。昨日の出来事がまさしくそれだ。いきなり俺の過去を炙り出したり、家庭教師になりなさいとか、荒唐無稽なことをさも当然のように口に出す。
これ以上考えるのは時間の無駄だ。もうすでに済んだことだし、西園寺家との連絡手段もない今は、俺は自由人である。
人間とのトラブルもない単純作業だらけのコンビニバイトを除けば、俺を拘束する存在はない。このかけがえのないファクトが俺に安らぎを与えてくれていた。
「ふー」
朝ぼらけとは言えない明るい窓を見つめて深く息を吐いた。このいつもと変わらぬ平穏が続きますように。
X X X
プログラミングをしてから、バイト先に行くと、いつものハイテンションな店長が俺に挨拶。連絡事項を受けてから、仕事を始める。
今日は客足も少なく、通常時と比べると閑散としている。閑古鳥が泣くほどではないが、下手をしたら居眠りをこいてしまいそうなくらいには和やかである。エアコンの効いた涼しい店内の扉からは、なよやかな優しい光が差し込んでいる。走ってゆく車の音と人々の話し声が合わさって交響曲じみたハーモニーを奏でていた。
もうすぐ上がるタイミングだ。ギャルっぽい見た目の青山かほが来て交代すれば、俺はさらなる安息を堪能することができるだろう。思わず、口角が釣り上がてしまった。今鏡見れば最高に気持ち悪いだろうな。
その瞬間、自動扉が開く。
「いらっしゃいませ」
俺は顔を卑屈な営業用に切り替えて客の対応に当たった。が、次第に絶望に似た表情になってしまう。
「お姉ちゃん、もう脚パンパンだよ」
「もうちょっと頑張ってゆきなちゃん。美味しいもの奢ってあげるから」
「はーい」
全く無関係な人があの姉妹を目の当たりにしたら、「綺麗」とか「かわいい」といった美辞麗句を並べるであろう。実際、お姉さんの方はパーフェクトなボディラインと顔つき、妹の方は、子役タレントだと言っても疑うものは一人もいないほどの容姿を持っているから。羨望の眼差しを一身に浴びてあまりあるビジュアルの持ち主であるこの姉妹は、俺にとってみれば、厄介な存在。昨日、頃合いを見計らって逃げおおせたのに。俺の努力は完全に水の泡と化した。
ゆきなちゃんが俺の存在に気づき、「あ」と言った。今の状況を言い表す最も適切な言の葉だ。妹に釣られて俺を見た西園寺せつなは口をぽかんとあけた。
やがて、姉妹共に猛烈なスピードで俺の立っているレジまで足早に歩いてきた。怖いな。ここモンスタークレーマーがいないから今までやって来れたのに。
俺は営業用の卑屈極まりない顔でこのイライラしている二人を応対する。
「いらっしゃませお客様。何かお探しでしょうか?」
「藤本さん、貴方を探していたんですよ!」
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